"圧倒的に不利な条件をはねのけ、完膚なきまでに相手を打ち負かし勝利をモノにする" ・・・スポーツに限らず誰しもきっと一度は夢想する、劇的なシーン。こんなイメージを地で行って、20年近く経った今も語り継がれる "伝説の一戦" での活躍を、アメリカン・プロダートトラック史に残した選手がいます。2002年夏のイリノイ州ピオリア。全米選手権伝統の地での54回目のTT戦決勝、最後列最後尾18番手からスタートした21歳のニコラス・パトリック・ヘイデンは、25周の間に17人全員を抜き去るという、観衆のド肝を抜くパフォーマンスでトップチェッカーを受けて優勝したのです。

単なる"グルグル上がり"に非ず!ニッキー自身の選んだ生涯ベストレース!

WELCOME RACE FANS!! ダートトラックライダー/FEVHOTSレースプロモーターのハヤシです。幼い頃から兄弟たちと切磋琢磨して腕を磨いた1981年生まれのニッキー・ヘイデンは、2002年にAMAスーパーバイク選手権でチャンピオンを獲得。翌年MotoGPレプソル・ホンダチームに加入し、4年目の2006年には同ワールドチャンピオン獲得・・・ちなみにそのキャリア初期にはダートトラックレースでも活躍した・・・というのは一般的に良く知られた彼の戦績ですが、どうしてどうして、2002年までとなったアメリカ国内活動期、ロードレース参戦スケジュールとの兼ね合いから、プロとしてGNCにシーズンフル出場することこそ実現しなかったものの、控えめに言って彼はまぎれもなく、突出した才をもつトップクラスのダートトラックライダーのひとりでした。

本日ご紹介するのは、ニッキーが自身のキャリアで最高の喜びだったとものちに語ることになる、卓越した技術・経験・胆力・思考のすべてが完全に機能し、文字通り "爆発" した伝説的な一戦です。

2002年8月18日イリノイ州ピオリアTT決勝で、幸運な1万5000人の観衆が目にした出来事とは?

6台x3列の後方 = ペナルティラインから、1周終了時には9番手まで浮上!

GNC: 全米プロダートトラック選手権、今日のAFT: アメリカンフラットトラックの普遍的なレースフォーマットでは、予選ヒート各グループの上位数台 + 敗者復活戦 (セミファイナル = セマイ) から勝ち上がる数台の合計18台が、6台 x 3列のスタートグリッドに並んで決勝レースが成立。マイルレースもハーフマイルもショートトラックもTTも、その周回数は "25周が基本" と規定されています。

時まさにAMAスーパーバイク選手権の年間王者に手が届きかけていた血の気の多い若者ニッキー、おそらくこの日は気持ちが先走っちゃうような気分だったのでしょう。転倒を喫し、スムーズに前方のグリッドを確保できる、予選ヒートからのダイレクト・トランスファー = 決勝進出を逃します。

アメリカンホンダのロードレースメカニックらが徹底的なチューニングを施した彼のCRF450Rは、他のライダーのマシンと比べても "ロケットのように速かった" と評する者が当時いたほどのパフォーマンスだったようで、続くセマイには勝利し、最後列3列目からスタートを切ることになります。

で・す・が、その決勝スタートでやっちまうんです彼。そうジャンプスタート。フライングです。その罰は単純。4列目のペナルティラインにひとり送られることに。彼の前に3列。17人の強敵たち。

画像1: 6台x3列の後方 = ペナルティラインから、1周終了時には9番手まで浮上!

こちらはその決勝レースの "ラップチャート" です。
本日はこの、たった1枚のペーパーを軸に、お話を進めていきます。

まず1周終了時の欄を見てください。69ニッキー・ヘイデンは約800mのTTトラックをスタートしてぐるっと1周まわる間に、一気に8人抜いて!9番手に浮上。最後尾からのスタートで、2列目中ほどまでバババっとポジションアップしていることがわかります。

このレースの出走者たち、有象無象ではありませんからね。100人からの全米トップカテゴリーライダーの中で、この日もっともよく乗れてて速くてしかも勝負運も持ち合わせてる、最上位17人です。

画像2: 6台x3列の後方 = ペナルティラインから、1周終了時には9番手まで浮上!

ダートオーバルに限らずレース経験がおありの方、目をつぶってイメージしてみてください。レース全体のわずか4%が過ぎた段階で、ビリから真ん中まで順位を上げるって・・・相当キレてますよ。

また別な捉え方をするならば、静止状態でのスタートから一気に加速し、レーシングスピードに到達するまでの区間が、いかにこのスポーツで重要なシークエンスかを現しているとも言えるでしょう。

一度も順位を落とさずに、全米最高峰の強豪たちを次から次に刺しまくる!

2周目に入ってニッキーが競り勝たなければならない相手はあと8人。ダン・スタンレー (10) 、ウィリー・マッコイ (59) 、ブライアン・ビグロウ (11) ・・・いずれも安定した試合運びが特徴でGNC決勝ではトップ5の常連・・・を立て続けに1周で仕留めると、続いてお互いに手の内を知り尽くした身近で、最大のライバルでもある実の兄トミー・ヘイデンを4周かけて追い回しオーバーテイク。

画像: 一度も順位を落とさずに、全米最高峰の強豪たちを次から次に刺しまくる!

たびたびチャンピオン候補と言われながら、少々ムラがあり、精度の高い走りの維持が苦手?なジョニー・マーフリーをまたまた1周でパスすると・・・彼の獲物はあと3人・残る周回数は14周。

2000年GNC王者、鉄人ジョー・コップ (3) を6周で仕留めると、残るは首位争いを繰り広げる、ホンダCRF450Rのグレン・シュナベルJr (33) と、ATKロータックスフレーマーのクリス・カー (4) のみ。

抜きつ抜かれつのデッドヒートはどうしたって最高速とラップタイムが落ちるものですが、普段は極めて温和な性格なのに "乗ってるときは誰よりも野獣" の異名をもつシュナベル (翌2003年は優勝)と、前年まで実に13回!のピオリアTT優勝を誇る通称 "プリンス of ピオリア" クリス・カーの苛烈なマッチレースは、見応え満点の大バトルだったと伝えられています。

残された周回数は3周。ニッキーは、このレーストラックで最もリスキーなパッシングポイント、飛距離30m級のTTジャンプで狙いを定め、クリス王子をパス。アニマル・モードのシュナベルを追撃します。

最終周で最後の1人を仕留めてトップチェッカー!その差は僅か1.07秒!

フィニッシュラインで白旗が掲示され、最終25周目に入ったターン1〜2。トップギアー全開から前ブレーキ指一本かけつつ激しく減速する突っ込みで、ニッキーはついに、最後の大勝負に出ます。

画像1: 最終周で最後の1人を仕留めてトップチェッカー!その差は僅か1.07秒!

ターン1内側のブルーグルーブ、この日多くのマシンが通り抜け、タイヤラバーが色濃く路面に擦り込まれた、最もグリップレベルの高いターン内側にしっかりとリアタイヤを載せる、無駄のないクレバーなシュナベルのライン取りをはっきりと読んだニッキーは、ほとんど誰も通らなかった荒れたターン大外・・・ただしごく僅かに湿り気が残り、オーバースピードからの進入をしかと受け止め路面かっぽじって最大加速できる可能性がある・・・から一気のオーバーテイクを仕掛けます。

画像2: 最終周で最後の1人を仕留めてトップチェッカー!その差は僅か1.07秒!

狙い澄ました戦略は的中。最後のTTジャンプ手前で、ニッキーはついに首位に立ちます。
決勝スタートからここまでのレース時間は約11分。25周。17台抜き。

技術は別としてこんな気迫があったら自ずと結果はついてくる・・・かも?

"ファンとの距離がどこよりも近いピオリアは、世界中で一番好きなレース会場だけど、今日ほど彼らの声援が力になったことはないよ。ロードレースじゃありえないほど気持ちが高まった。これまでここで13勝を上げているクリスに勝てたことはなにより嬉しいね"

画像1: 技術は別としてこんな気迫があったら自ずと結果はついてくる・・・かも?

"朝からイマイチ物事がうまく進まず、ヒートレースでミスして転がって・・・、あるライダーにパドックで気安くこう言われたんだ。プロなのにイチかゼロかの勝負ばっかりしてるよなって。あの一言でキレた。いつだってそれが僕のスタイルだから。レースは勝てなきゃ意味がない。"

"GNCにシーズンフル参戦できてない今年は、危なげなく走って数ポイントをキープする必要も一切ない。そのことも僕を、純粋な無敵モードに導いてくれたと思うよ"

わずか10数分で最後尾から優勝へ。
最高のスタート・爆発的なジャンプアップ・一瞬も妥協せず攻め続けること・最後の大勝負。

このレースのフル映像・・・かつてどこかで、確かに見た覚えがあるんですが、現在インターネット上ではどうしても見つけることができません。でも逆に、写真からも動画からも、視覚だけでは理解できないこと、なにかうまく言えませんけど、真理があるような気もします。

画像: American Honda & International Racers Remember Nicky Hayden youtu.be

American Honda & International Racers Remember Nicky Hayden

youtu.be

印象的な活躍を集めたこちらのトリビュート動画では、55秒付近からピオリア勝利の瞬間がちょこっとだけ見られます。現地で生で見られたら最高だったでしょうけどねー。

それでは皆さん今週も素敵な週末を。
ニッキーの言う "勝てなきゃ意味ない" についてちょっと今一度考えてみましょうか。
ではまた金曜日の "Flat Track Friday!!" でお目にかかりましょう!

画像2: 技術は別としてこんな気迫があったら自ずと結果はついてくる・・・かも?
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