カワサキとインディアンを知り尽くした男たちの新たな挑戦の始まり。
WELCOME RACE FANS!! ダートトラックライダー/FEVHOTSレースプロモーターのハヤシです。ダートトラックレーシングの本場アメリカにおけるトップコンテンダーのひとり、レースナンバー4 (あちらの1ケタ数字は過去の年間チャンピオン経験者) ブライアン・スミスは、プロキャリア19年間で33勝 (内マイル戦で25勝) のミシガン州出身36歳。カワサキ・ニンジャ650を駆って7年目の2016シーズン、悲願の全米選手権王者に輝きました。彼のオリジナリティ豊かな挑戦者・求道者としての真摯な姿勢は、AFTレースシーンの様々な場面で常に高い評価を得ています。
2017〜18年は新たに誕生したインディアンファクトリーチームの要として活躍するも、今シーズン2019年は恵まれたポジションを離れ、再びニンジャ650をチョイスし不振?の年間ランク13位。そして来期2020年ブライアンはハーレーファクトリーチームの最年長かつエース格として、プロ最高峰クラス未だ未勝利の水冷V型2気筒マシン・XG750Rでのライドに取り組むこと、そしてカワサキで共にチャンピオンを獲得しインディアンファクトリーでも協働したリッキー・ハワートンもまた、ハーレーファクトリーのクルーチーフに就任し、XG750Rの開発を進めることが先日発表されました。
本日は現在進行形で紡がれるブライアン・スミスの "キャリア・ハイライト" を支えるリッキー・ハワートンとはいったいどんな人物なのか、最近のインタビューから、来期の新たなチャレンジへと向かうスミス&ハワートンとHDファクトリーのチーム戦略・開発の方向性を読み解いてみましょう。
ブライアンのスタイルに惚れ込んだ男・・・"40代からの全米選手権"。
2010年、前年までのハーレーファクトリーカラーのレザースーツ・・・伝統的に白/グレー/シルバー黒etcのベース色にオレンジストライプ (かつてサテライト待遇チームはオレンジ部分が黄色でした←コネタ) を "ハーレーレッキングクルー戦略" の終了で脱ぐこととなり、レーストラックの特徴ごとに古巣モロニーレーシングのXR750や、あるいは長年務めあげたハーレーファクトリーを辞した名チューナーであるビル・ワーナー作の新作マシン・安上がりにひとまず市販ノーマルフレームを採用するニンジャ650を使い分けていた、言い方は悪いけれど軽めに浪人中のブライアン・スミス。
この実利一点主義で美しさに欠け (ベース車両は2000ドルの事故車だったはず?) 眉をひそめる者すらいたカワサキ650の可能性に賭け、しかも結果として大方の下馬評を覆し、インディマイルとスプリングフィールドマイルという2つのビッグレースに勝利したブライアンの姿を見て、"グっときて閃いちゃった" 若干40歳の才能豊かなNASCAR / インディカーエンジニアはレース終了後の彼に、1人のレースファンとして熱い想いを伝えようと声をかけます。
"このエンジンで一からキミの専用マシンを作り上げれば全米チャンピオンが狙えるのは間違いない"
彼の名はリッキー・ハワートン。インディアナポリス出身の優れたプロ・スプリントカーレーサーだった父ジャッキーの影響で、早くから四輪オーバルトラックを中心に活躍した二世レーサーであり、1990年にはUSACナショナルスプリントカーシリーズでルーキーオブザイヤーも獲得。パデュー大学インディアナポリス校で機械工学を学び、四輪レースの世界ではすでに名の知れた存在でした。
1980年代、リッキーが10代の大半を過ごした父のワークショップの隣には、偶然にもまさに黄金期だったホンダ・ダートトラックファクトリーチームのガレージがあり (いわゆるインディアナポリスのガソリンアレイってやつでしょうね) 、のちにリッキーのカワサキ650エンジンを手がけることとなった故スキップ・イークンやスパーキー・エドモンストン、ライダーのババ・ショバートやリッキー・グラハム、アドバイザーのジーン・ロメロらが働く姿を日々目にすることができたのです。
"ブライアン・スミスの紳士的でストイックな姿勢は、畑違いとはいえ我々の希望やリソースとピッタリ一致することが、最初から直感的にわかっていたんだ。彼とだから始められたことなんだよ"
マイルトラックを疾走するカワサキ650とブライアンの姿が強く印象に残ったリッキーは、当初まったくの個人的な趣味の範疇として、本業の四輪レースでの経験と技術を活かしたストリートトラッカーをさっそく翌年には造り上げます。
幸運にもこの公道用プライベートマシンの存在を知ることとなったブライアンがインディアナポリスを訪ね "工場のまわりのそこらへんをぐるっと一回り" してみた結果、"単気筒ロータックス600ccより軽く・スリムでコンパクト・パワフルで俊敏な" その車体に驚嘆し、水面下での前向きな話し合いを進める中で、リッキーの旧知の四輪レース仲間であるクロスリーラジオ社CEOボー・ルマスタスの強力な支援も得て、当初はレース業界の誰も、おそらく本人たちも想像しなかった今日へと続くクロスリー・ハワートン・スミス体制が築かれていったのです。
"2016シーズンの勝利は我々の地力に幸運と時代が味方したものだった"
"やや自虐的になってしまうけれど、我々がカワサキで2012年から参戦を始め、2016年にチャンピオンシップを獲得するまでの道程は、インディアンFTR750の登場以前だったから、とも言えるだろう"
そう確かに、FTR750はブライアンが王者となった2016シーズンの最終戦で、ベテランの元GNCチャンピオンライダー、ジョー・コップのライドで4周の賞金レース・トロフィーダッシュ1位 + 25周の決勝7位というなかなかインパクトのあるデビューを果たしたのでした。
"今期2019シーズンにブライアンの乗った我々のマシンは、カワサキ650で今考えられる最良の・最終バージョンと言っていい。だけど残念なことに芳しい結果が残せなかったというのは、今やAFTの大多数を占めるFTR750や、頭角を表してきたヤマハMT-07のそもそもの地力が優れている、ということでしかないと思う。2016年と違い今日のAFTで我々が戦う相手は名車XR750一辺倒じゃない。より多様なプロファイルと武器をもったライバルたちに、2000年代半ばに登場した650ccベースのストリートエンジンではもはや十分な戦闘力を維持できない、厳しい時代に入ったということなんだ"
無冠どころか未勝利のワークスマシンXG750Rの "ミッシング・ピース" 。
1970年代に初登場し、それまで活躍していた英国製ツインを瞬く間に駆逐、続く80年代には新たに立ちふさがった異形の双生児ホンダRS750Dと死闘を演じ、それでもなお2010年代半ばまで息の長い活躍を続けた、ハーレーダビッドソンXR750の優位性とはいったい何だったのでしょう?
"ストレートスピードはほとんどのXR750よりカワサキ650のほうがはるかに速い。XRが中心だった時代はお互いがドラフティング = スリップストリームを利用し合うことで、レース全体の平均速度域を高く維持するのが基本的な考え方だった。加えてXRはターン中重要なミドルレンジのパワーデリバリーが素晴らしく良い。それを超えるために我々はカワサキにトップスピードを求めたんだよ"
たしかにブライアン + ハワートンのニンジャ650が一切ドラフティングに頼らず、何台ものライバルたちをストレート区間で抜き去るのは、2016年頃にはおなじみの痛快で印象深いシーンでした。
"我々のマシンと他のカワサキ車との一番の差異は、CADを導入した細やかなフレーム設計が功を奏し、ターン中のトラクション性能が圧倒的に優れている点で、特に緻密な戦術面でマイル戦に長けたブライアンが乗ることで最大級のアドバンテージを生み出す事ができたんだ"
"ところがインディアンFTR750は当初からパッケージレーサーとして、膨大な開発費と数え切れないテストを行い、専用に誂えたレーシングエンジンとともにこれまでない次元の完成度で世に現れた。我々の使うカワサキはなにしろベースエンジンがストリートリーガルの650ccだったわけだしね。最終的にこのスポーツではエンジンから大地へと確実に伝わったパワーの差が勝敗の鍵になるんだ"
では2年間のインディアン・ファクトリーでの (エース格であるブライアン組の) クルーチーフとしての活動はこれから先どんな意味をもつのでしょうか?
"FTR750はカワサキよりターンもストレートも速く、高いレベルでバランスした完成されたマシンなのは確かだが、実はまだ速くする余地・アイディアもうんとあるんだ。絶対的なライバルがいないから誰もが手を出さなかっただけでね。チューニングには予算が必要だけど、我々がファクトリーチームとして活動した2年間ではそれらは実現できそうもなかったし、より資金力のあるチームのマシン (あえてサテライト扱いの別チームで走る知恵者ジャレッド・ミースのこと?) が速いのは当然のことなんだよ。とはいえ彼らにできることとできないことを知っているのは有利な点かもしれないね"
次のシーズンに取り組むXG750Rに今のところ欠けているもの、とはズバリ何なのでしょうか?
"ファクトリーと密接な関係をもつバンス&ハインズがついているから、数値的な最高出力という意味では実はすでに充分エンジンパワーは出ているんだ。問題は出力特性がダートトラックに最適化されていないこと、それを地面に伝えるシャシーのデザインにも改善すべき点が大いにあること"
"ブライアン・スミスという当代一スムーズでハングリーなベテランライダー、若手で今もっともパッションと技術の総合点が高いダルトン・ゴーティエ、そして去年から継続採用のジャロッド・バンダコイはそのちょうど中間・・・バランスの取れたミドルエイジ。3人のラインナップと我々の8年間の経験でなら、開幕戦からこれまでとは見違えるパフォーマンスを観てもらえるんじゃないかな"
ということですので来期のハーレーファクトリーとXG750Rには大いに期待ができそうですね。やはりAMAといえばハーレー (分かる人にしか分からない皮肉) ・胴元 (?) が強くないと祭は盛り上がりませんので2020年は要注目です。ではまた金曜の "Flat Track Friday!!" でお目にかかりましょう!