彼らの辞書に "小型で軽量 = 扱いやすい" という概念はそもそもないようで。
WELCOME RACE FANS!! ダートトラックライダー/FEVHOTSレースプロモーターのハヤシです。シンプルな構成の大排気量単気筒エンジンが、ダートトラックレーシングの特性に好適であることを印象づけた転換点は、1975年にアメリカで販売がスタートしたエンデューロマシン、ヤマハ・TT500というモデルがひとつのきっかけでした。TT500は、のちに公道仕様XT500というバリエーションを生み、さらに皆さんよくご存知の超・長寿モデル、ヤマハSR400/500シリーズへと発展していきます。
日本ではストリートライディング以外にモーターサイクルを楽しむ場として、舗装路であれ未舗装路であれ、いわゆるクローズドサーキットで競技性を伴って走ることが主な選択肢となりますが、当時からアメリカでは "OHV (Off Highway Vehicle) エリア" と称される、広大なオープンエリアで家族や仲間たちとライディングを楽しむことが可能でした。
4ストロークの大排気量単気筒エンジンが生む強大なトルクにまかせて大地を突っ走る、タフで軽量なエンデューロマシンの車体構成が、高出力をスムーズに路面へと伝えるフラットなトルク特性を求めるダートトラックに合致したのは、カテゴリー全体にとって、非常に幸運だったと言えます。
このような1970年代後半からのヤマハ・ビッグシングルの台頭を受け、"それ以外" で勝つための選択肢として注目されたのが、1982年ごろに誕生した "ROTAX 504-604シリーズ" でした。
80's~ 単気筒ダートトラックカテゴリーに燦然と輝く最強のOEMビッグシングル。
1970年代からカナダのボンバルディア・グループ傘下でモーターサイクル、ATV、パーソナルウォータークラフト、スノーモービル用に2ストロークエンジンを製造していたBRPロータックス社が、1982年に発表した初めての4ストロークエンジンがこの "504-604シリーズ" で、ATK、アプリリア、BMW、Can-Am、CCM、KTM、MZ、SWMなど様々なメイカーがOEM供給を受け、市販モーターサイクルに搭載されるようになりました。
ダートトラックマシンに搭載するエンジンとして注目し、早くからレース向けのチューニングメソッドを探り始めたチューナー、カリフォルニアのロン・ウッドが作る、独自の美しいフォルムをもったコンプリートマシン "ウッド・ロータックス" がよく知られていますが、それ以外にも全米各地のチューナーたちがこぞって、このオーストリア製の頑強な単気筒をレーシングマシンに搭載するベースエンジンとして採用することになります。
やがて全米各地で行われるダートトラックレースのエントリーリストには、同一のエンジンながら上に挙げた様々な供給先メイカー名が載ることになりましたが、ハーレーダビッドソン + ロータックスの組み合わせはどのようにして登場するのでしょうか?
実は上の写真のように、イタリアSWM社の作ったロータックスエンジン搭載のオフロードバイクを原型に、イギリスのアームストロング・CCM社が英陸軍の偵察任務のために開発した、MT350/500という軍用モーターサイクルがあり、この車両のアメリカ軍向け製造・供給ライセンスを獲得したのがハーレーダビッドソンでした。米軍に納入する数百台の車両には正式に "ハーレーダビッドソン" のバッジがつけられ、ここにはじめて、同社お抱えのダートトラック・ファクトリーチームがロータックス単気筒エンジンを使用する "大義名分" が生まれました。以降1999年の軍用ライセンス契約の終了まで、この体制が続くことになります。
レギュレーション上、現在の全米プロダートトラック選手権には、空冷ビッグシングルマシンでの出場は認められていませんが、各地のローカルレースでは写真のように未だ活き活きと走るロータックスやヤマハTT/XT/SR、ホンダRS600Dの姿を多く目にすることができます。
高度にチューニングされたこれら単気筒500ccオーバーのエンジンは1/2マイル級のトラックではなんと2気筒750ccレーサーに勝るパフォーマンスを見せることもしばしばで、状態の維持と管理になかなかの予算と技術が必要ではありますが、このスポーツならではのオリジナリティある光景を形作る "アイコン" とも言われ、今日に至るまで長年人々から愛され続けています。
HD社100周年に花を添えられなかった"悩めるヘビー級シングル"。
1999年の軍用車両MT500の供給終了を境に、名機ロータックスエンジンを自社ブランドを冠してレースで使用するためのホモロゲーション (公認) を失うことになったHD社は、次なるベースエンジンとして、当時同社のグループ企業であったビューエルがエントリーユーザーをターゲットとして2000年に発売した、"ブラスト" という単気筒500ccモデルに注目します。
ビューエル・ブラストは、ハーレーダビッドソン・スポーツスター系の2気筒エボリューションエンジンの後ろバンクを取り外して単気筒500ccに仕立てた、なかなか独創的な成り立ちのモデルです。
これをV型2気筒ハーレーエンジンのチューニング手法で可能な限りのパワーを絞り出し、専用レーシングフレームに搭載しようという計画。奇しくも2003年はハーレーダビッドソン社誕生100周年。15年続いた "単気筒ダートトラッカーといえばロータックス" という定説に別れを告げ、同時に新しく増え始めた日本製4ストローク450ccモトクロッサーエンジンの水冷ダートトラッカーをも迎撃する画期的なプラン、のはず、でしたが・・・。
見た目はともかく結果は惨敗でした。エンジン全長が単気筒レーサーとしては長過ぎ、重量配分がダートトラッカーとしては前寄り過ぎ、パワーが出なさ過ぎ。名機ロータックスと比べるとエンジン単体重量で+10kg重く、最高出力は65%以下と言われ、ベテランと勢いある新人とのコンビを擁するファクトリーチームの意欲的な新プロジェクトではありましたが、良くて予選通過がやっとの有様。
数年間の奮闘ののち、ハーレーダビッドソンファクトリーチームは単気筒プログラムへの取り組みを断念し、その動きに合わせてAMAも全米選手権最高峰クラスを単気筒戦 = シングルス、2気筒戦 = ツインズという形でタイトルをふたつに分割。現在の全戦2気筒で戦うフォーマットとなるまでは、1シーズン2人のチャンピオンを生む、少々いびつなチャンピオンシップだったとも言えます。
当時のビューエルブラストでの挑戦にもどこか似て、エントリーユーザー向け市販車XG750 (ストリート750) をベースとして大苦戦を続けた今シーズンのハーレーダビッドソンファクトリーチーム。ここ数年のインディアンFTR750の台頭や、先週ご紹介したブライアン・スミスのカワサキ回帰に対抗してどのような策を繰り出してくるのか、今後の展開に注目したいところです。
ではまた金曜の "Flat Track Friday!!" でお目にかかりましょう!