ショートトラックとロングトラック、どちらにもそれぞれの難しさがあります。
WELCOME RACE FANS!! ダートトラックライダー/FEVHOTSレースプロモーターのハヤシです。一般的なダートトラックレーシングのイメージといえば、左手をハンドルから離して低く伏せ、10数台が1列縦隊で疾走する、上の写真のような状況を思い浮かべる方も多くおられると思います。こちらは全長1,600mの競馬場を周回するアメリカのプロ選手権での "マイルレース" からの定番の構図。
400mのストレート2本・400mのコーナー2つで構成される1マイルトラックを、本場のプロライダーたちは1周およそ35秒で周回し、その平均車速は165km/h程度。最高速度は220km/hを超え、直線ではドラフティング (スリップストリーム) を駆使した目まぐるしく熾烈な順位争いが特徴的です。
さてところ変わって、ここ日本でダートトラックレーシングに取り組むことを考えましょう。以前から当コラムで取り上げているとおり、四輪レース用ハーフマイルトラックや、モーターサイクルレースにその使用を許される土質路面の1マイル競馬場が存在しない我が国では、100m〜最大400m程度の "ショートトラック" を走ることになります。一般的なオーバルトラックの比率は各ストレートとコーナーがそれぞれ全長の1/4。コンディションが素晴らしく整えられた400mトラックならば、ターン進入地点での最高速度は100km/h+程度・1周のラップタイムは15~20秒といったところでしょう。
プロのマイルトラックレースを最高位の花形と位置付けるアメリカでも、ショートトラックで競うローカルレースは各地に存在します。ダートトラック競技におけるショートトラックと1/2マイルや1マイルのロングトラックの関係は、陸上競技やアイス・スピードスケートの短距離種目と長距離種目のそれと同じ。優劣ではなく、それぞれ異なる難しさと、合わせて要求される個々の技術があります。
陸上やスケート選手はそれぞれの距離種目いずれかに重点を置き専門を分けますが、本場のプロダートトラックでは、どこでも上位を走るパフォーマンスが発揮できなければ王者の証・ナンバー1プレートを勝ち取ることはできません。マイルレース巧者・ショートトラックやTTの猛者なども存在しますが、チャンピオンシップの順位を見ればそれだけでは総合優勝を望めないことがわかります。
ここからは日本で一般的にイメージしやすい "1周160mのショートトラック" を例に挙げます。
コース全長はマイルトラック=1,600mの10%ですが、ターン進入速度はまさか9割減ではありません。コーナー部400m (スライド終了目安の中間点まで約200m!) を200km/hオーバーから滑走し進入するマイルレースに対し、40m先のコーナー出口までに確実に進路を変え、猛烈に加速開始することが要求されるショートトラック。滑走距離が1/10だからこそ、10倍素早く車体の向きを変えねばなりません。前走車を抜くためのポジション取りと、前走車の転倒を回避するスペース確保には、実は密接な関係がありますが、一瞬のチャンスを確実に捕える、鋭い感覚と技術を磨く必要があります。
まずは "ショートトラック特有のリスク" に備える適切なポジション取りが必須。
モータースポーツで、自車が前走車の前方に出ることで順位が上がる状態を "オーバーテイク" と言いますが、一般的な日本語では "追い越し" と "追い抜き" という2つのよく似た表現があります。
"追い越し" とは前を走る車両に追いついて、進路 (車線) を変えてその前方に出ること。
"追い抜き" とは前を走る車両に追いついて、進路 (車線) を変えずその前方に出ること。
マイルレースのドラフティングを使ったストレート〜ターン進入までの競い合いは、"追い越し" に近いイメージです。対して先ほど例としたストレート長40mの160mショートトラックでは、追い越しのための車線変更すら無駄な時間・ロスになります。レースは最大25周、つまりターン進入50回の間で決着をつけなければならないのです。ボーッと他人のケツを眺めているヒマはありません。
あなたがショートトラックレースで前走車に追いついたとき、あるいは練習時でも、真後ろを追尾するのは無意味な "WASTING TIME" です。と同時に前走車の転倒に巻き込まれるリスクも高まります。ひとつ順位を上げるためには、前走車と異なる走行ラインを常に狙い、自車のスピードを落とさずスマートに "追い抜く" 機会を伺い続けることが最も重要です。そして追い抜き完遂後はグイグイと加速し、後続を突き放してください。そうすればほら、次の獲物がまた目の前に迫ってきます。
Thin Red Line: 勢いや偶然ではなく冷静かつ合理的に追い抜くために。
レギュレーションにより前ブレーキを装備しないダートトラックでは、コーナーへの基本的なアプローチ方法が他カテゴリーとは全く違うことについて、これまでの連載で何度かご紹介してきました。
スロットル開度を維持したまま車体をバンクさせてターンに進入し、両輪を横滑りさせることで物理ブレーキング。後輪のスライド距離が前輪のそれを上回って方向転換が完了し、徐々にスロットルを開けて次のストレートを目指して加速。単独走行時の合理的なライン取りは下図のようになります。
進入は大きくワイドにスペースを取って、一刻も早く車両を横向きに走らせ方向転換、ターン後半は無駄な空転と横滑りを避け、可能な限りタイトに直線的に。
筆者主宰のFEVHOTSオープンプラクティスやプライベートスクールでは、これを "WIDE IN - TIGHT OUT" と称して解説しています。ダートトラックにおける "スライディングブレーキ走法" の最も基本的なかたちです。
ではここまでを踏まえて、あなたが次に習得すべき、前走車のそれと明確に異なる "追い抜きを狙った走行ライン" とはどのような軌跡でしょうか。以下に、基本に忠実な最もリスクの少ない第一段階、そして基本を逆手に取った応用としてより高度な第二段階の2つのライン取りを図解しましょう。いずれも前走車を青色、自車を赤色で表します。
第一段階: 前走車のアウト側へ・よりワイドに進入
基本となるワイドな進入からの物理ブレーキング〜タイトかつ直線的な立ち上がりを素直に活かしたオーバーテイク。前走車より1台分外側のラインでターンに進入し、立ち上がり加速区間で前走車との走行ラインを交差、いわゆるクロスラインで内側から追い抜きます。ターン進入の段階で前走車からほとんど間をおかずにマシンを倒し込みはじめ、可能なかぎり素早く向きを変えることが重要です。目指すイメージとしては "前走車よりも早くスロットルON" 。
方向転換の終了と加速開始地点が手前であればあるほど、速度の優位性を得て楽に追い抜くことができます。まずはこのベーシックな方法で、他のライダーとの安全な距離感を保ちつつオーバーテイクを仕掛けることができなければ、次段階以降の応用的なテクニックはまだ難しいと言えるでしょう。
第二段階: 前走車のイン側へ・よりコンパクトに進入
基本スキルの "WIDE IN - TIGHT OUT" をいつでも鋭く展開できるようになったならば、進入ラインを前走車より内側に取り、素早く思い切り深いバンキングから、方向転換中のターン中間地点付近までに追い抜きを終了する、小回りでもアグレッシブなオーバーテイクを検討しても良いでしょう。進入シークエンスで "絶対に前走車に直進状態で突っ込むことのないよう ( =接触すれば前輪を失い自身のハイサイド転倒のリスクも高まる) ので、状況に応じてリアブレーキを柔軟に使い、とにかくコンパクトに、しかし基本形のワイドな進入より鋭く旋回して追い抜くという高度なテクニックです。
新たに得た引き出しを、正しく開けるタイミングを逃さずに。
これら2つのオーバーテイク方法をまずはいつでも実践できるよう、日々研鑽と研究を重ねて下さい。他にも前走車に迫るテクニックはいく通りもありますが、アウト側とイン側両方に前走車を追い抜く技術さえ身に付けば、目の前の転倒を回避できる可能性も増し、アクシデントの巻き沿いで自らの順位を落とすリスクも少なくなります。
「頭を使うことだ。勝敗は頭脳によって決せられる。90%の成功確立がない限り、冒険などするべきではない」人類空戦史上最多・300余機の撃墜記録をもち、"黒い悪魔"の異名で知られたドイツの伝説的エースパイロット、エーリッヒ・ハルトマンが語ったとされる名ゼリフ。
今回はなんとも長々小難しい感じになりましたが、いかがでしたか?より実戦的なオーバーテイクなどのアドバイス、個人からグループ単位まで、このスポーツに取り組みたい方には随時対応します。筆者主宰のレース団体・FEVHOTSの公式練習走行 "オープンプラクティス" は雨天時を除く毎週火曜に埼玉県川越市のウェストポイントオフロードヴィレッジで、また長野県上伊那郡中川村に新装オープンしたオートパーククワでも隔週程度の日曜に好評開催中。遠方の方もどうぞお気軽にウェブサイト・各SNSなどからご相談下さい。ではまた金曜の "Flat Track Friday!!" でお目にかかりましょう!