WELCOME RACE FANS!! ダートトラックライダー/FEVHOTSレースプロモーターのハヤシです。ノッケから出鼻を挫くインパクトで注目を集める手口が定着しつつある当コラム、さらに追い打ちをかけますと、皆さんのライディングブーツにピタっと合わせてあつらえる本格的な鉄スリッパー = ホットシューの国内でのオーダー製作費は、およそ4万円となります。
この種目がほんの少しだけ日本より普及している本場アメリカなら、有名な工房での製作費がおよそ275ドル。洋の東西・ブーツ往復の送料もかかりますし、高価なくせに金属のくせに、路面に触れると摩耗するためしばしばメインテナンスも必要なので、国内の手練のビルダー諸氏によって作られる逸品を入手して、末長く愛用していただくのがよろしいかと思います。
鉄スリッパーは鉄より硬い?
鉄スリッパーはスチール、またはステンレスによってベースが形作られます。全米プロ選手権の公式なルールブックをヒモ解くならば、チタニウム製スリッパーは、路面と接触した際に火花が激しく飛び散り、フットペグが変形するほどのバンク角で走行するダートトラックマシンから吹き溢れるガソリンに着火誘爆する可能性があるため、その使用を認められていません。
左足だけに装着してターン進入ごとに路面に擦り付けて走る、奇妙なアイテムですが、その最大の特徴は、靴底の素材にあります。仮に鉄板のみで作られたスリッパーを使用した場合、足さばきに不慣れで接地時間の長くなる初心者は、場合によっては1日で穴を空けてしまうでしょう。左脚の筋力が終日保てて走り続ければ、ですが。
上の写真・右側の図を見ていただけば分かる通り、鉄スリッパー裏面には、鉄より硬い素材を用いて "強化肉盛り加工" がなされます。硬い = 滑りが良いため足を取られにくく、安定したライディング = スライディングを続けることができます。経験者たちはこの肉盛りの素材を "ステライト(Stellite® = コバルトを主成分とした耐摩耗性合金)" と呼ぶ癖がついていますが、現在は本場アメリカでも、我が国ビルダーの間でも、コバルト系に替えて、ニッケルを主成分とした合金 (融解温度1,000℃前後) を使用することが一般的になっています。
過去には、軽量さを追求し、ドライカーボン焼成樹脂製ホットシューを企画した方もおられますが、本場アメリカ・マイルレースでの実戦テストにおいて、一周目のターン3 (二番目のコーナー) で既に表面がガサガサに荒れて路面に引っかかり、実用レベルの硬度と耐久性が全くないこと、また素材の特性上、すり減った時の再補修が不可能なことから使い物にならず、一瞬でお蔵入りとなりました。
鉄スリッパーはバンクセンサー!
上の写真は、右がストレートエンド = ターン進入で、左がストレートを目がけてのターン立ち上がりです。極めてオーソドックスな、セオリー通りの良フォームですが、それぞれ体と車体との関係が全く逆だということがお分かりいただけるでしょうか?ダートトラックライディングの基本スキームについては当コラム3本目 "スライディングブレーキ走法" の講釈をご覧いただくことにして・・・
ダートトラックライディングにおいて、鉄スリッパーの活躍する場面は、ロードレース / サーキット走行でのバンクセンサー (米語ではニーパックと呼びます) を路面に擦り付けるタイミングとほぼ同じ、ターン前半 "のみ" が基本です。
クリッピングポイントから立ち上がりに向けては徐々に車両を起こし、スロットル開度を増やしていきますが、このターン後半、トラクションを得るため10gでも1gでもリアタイヤに加重していきたい段階で、未だ左足 = 鉄スリッパーが接地していると、その足を支点にしてコマのように、リアタイヤがパワースライドし過ぎてしまいます。経験の浅いダートトラッカーで立ち上がりの転倒が多い方は、加速開始と同時に意識的に左足を地面から浮かせる習慣をつけるよう、トライしてみてはいかがでしょうか。
鉄スリッパーは膝プロテクター!
こちらの映像は3度の全米チャンピオンでレースナンバー2、今シーズンはプライベーターとしてインディアンFTR750を駆り、あと1年で引退を予定する41歳のケニー・クールベスのインディアナポリス・マイルでのオンボード映像ですが、前後から左足元のみにフォーカスした "教科書にうってつけ" のクリップです。
ターン進入から加速体勢に入るまでの区間、左足鉄スリッパーはずっと強く地面に擦り付けられているわけではありません。200km/h近い速度ですから体重も預けていません。断続的に接地させたり浮かせたり、微妙なタッチでバランスを取っている様子がお分かりいただけると思います。これがもし、より滑りの悪い素材だったら?あるいはタイヤと同じ合成樹脂製のライディングブーツ靴底そのままだったら?・・・突然グリップしたり微細なバンプに引っかかる可能性があり、内側即副靭帯が伸びた捩じれた切れた、とかでは済まないレベルの、深刻な膝関節のダメージに繋がりかねません。
また、これはよりアグレッシブなライディングフォームへとつながるヒントでもありますが、ヒザを曲げて太腿と左骨盤を高く上げ、フットペグよりも高い位置に鉄スリッパーを保持することで、一気にフルバンクまで鋭く寝かせ、その態勢を維持することができます。
フットペグよりも低い位置に左足を "下ろす" フォームだと、一向にマシンのバンク角は深くならず、つまり横向きに滑走させる "スライディングブレーキ状態" に持ち込むことができませんし、フットペグへの上げ下げで余計に筋力を消耗させることにもつながります。
鉄スリッパーはオーダーメイド!
ライダー各自のライディングブーツに合わせて製作される鉄スリッパー。ここでは10年以上前から国内ダートトラッカーのために研究を絶やすことなく製作に携わる、2大ビルダーをご紹介します。
鉄スリッパーのライディングブーツへの装着固定は、カカトのベルト通しから足首前側に回した専用のDリングベルトで締め付け、固定する方法が一般的です。右側はダブルDリングで足首を2周するタイプ、左側はシングルで1周するタイプですが、どちらの場合も、リングの合わせ部分と余分なベルトは、足首の外側にまとめるように。万が一ドライブスプロケットやドライブチェーンにベルトの端を食われたりすると、足首を痛めたり最悪の場合骨折する可能性があるので注意が必要です。
本場のスタイルでは、ベルトそのものが無駄に摩耗しないよう、色とりどりのダクトテープで足首ベルト部をグルグル巻にするのが一般的。また鉄スリッパー後端のベルト通しは、右のコの字の丸棒タイプがメジャーですが、筆者の好みは左の平板を折り曲げたベルトループタイプ。ベルトに折り返しの角がなくベルト通しをカバーすることで、ベルトそのものへのダメージを大幅に減らす工夫です。
コラム冒頭のトップ画像は1990年にカリフォルニアで撮影された、伝説の9タイムスチャンピオン、スコット・パーカーの足元。爪先カバーの端部に大雑把に入れられた補強の三角プレート、ダクトテープで補強された細い革製ストラップ、ズレ防止のため鉄スリッパー本体がソールにタッピングビスで固定されている様子、当時主流だったブーツアウトのレザースーツなど、現場のリアルな雰囲気が伝わる写真です。
鉄スリッパーはアイデンティティー!
ここ数年、ハーレーを中心としたカスタムバイクシーンの方々が、こぞってダートトラックの世界に興味を示してくださるようになってきました。マシンの成り立ちやライダーの衣装が趣深く、そしてアメリカ発祥の元祖エクストリームスポーツとしての魅力に溢れるこの競技に、まずは国内のカスタムビルダー諸氏が、それぞれに工夫をこらして仕立て上げた道具を携えて加わってくださる気配。
ダートトラックレースに専念してきたプロパーは、とかく "スポーツ" という側面のみにフォーカスしがちですが、今こそ "モーターサイクルカルチャー" としての我が国のダートトラックレースシーンにさらなる魅力をもたらせるよう、彼らカスタムシーンからの新たな挑戦者たちを交え、力強く前進していく絶好のタイミングだと言えるでしょう。
本日の鉄スリッパー / ホットシュー特集、いかがだったでしょうか?ダートトラッカーにとっては必要不可欠なスポーツ用品であり、またカスタムカルチャーの表現のひとつとしてもあなどれない奥深さがあることを、少しでも皆さんに知っていただけたのなら幸いです。
次回はこれもダートトラックレーシングに必須のスペシャルアイテム、レース専用コンペティションタイヤのあれこれについてフィーチャーする予定です。ではまた来週金曜日の "Flat Track Friday!!" またはお互いホットシューを履いてレーストラックでお目にかかりましょう!