今日のMotoGPでは、最小のMoto3でも排気量は250ccですが、かつて1980年代までは50、80ccという小排気量のクラスが存在していました。今年、そんな小排気量時代を知る偉大なチャンピオンふたりがMotoGP殿堂入りをしましたが、彼らのプロフィールをご紹介いたします。

最後の50ccクラス、最初の80ccクラスを制覇したスイスの英雄!

スイス国籍のステファン・ドルフリンガーは、1973年50ccクラスでGPデビュー。当時の世界的なモペッド人気を受けて1962年から始まった50ccクラスですが、'60年代はスズキとホンダの2メーカーが圧倒した時代でした。これら日本メーカーがワークス活動を'60年代末にやめてからは、欧州製の小規模メーカーのマシンと、それらを駆る小排気量スペシャリストたちのバトルが繰り広げられる、ツウ好みのクラスの色が濃くなっていきます。

画像: 栄光のゼッケン「1」を付けた、S.ドルフリンガーとツンダップのアルミモノコックフレームのGP80ccマシン。 www.motogp.com

栄光のゼッケン「1」を付けた、S.ドルフリンガーとツンダップのアルミモノコックフレームのGP80ccマシン。

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ドルフリンガーの栄光の時代は、'80年代になってからおとずれました。1982年をクライドラーで、1983年はクラウザーで、2連続50ccクラスのタイトルを獲得。翌1984年から50ccクラスの代わりに始まった80ccクラスでもドルフリンガーはツンダップで初代王座に輝き、1985年もクラウザーで防衛。なんと最小クラスで4連覇の偉業を成し遂げたのです!

画像: 1983年西ドイツGP(ホッケンハイム)50ccクラス。表彰台の頂点に立つS.ドルフリンガー。彼は1962年から続いた50ccクラスの、最後のチャンピオンとして歴史に名を残しています。 www.motogp.com

1983年西ドイツGP(ホッケンハイム)50ccクラス。表彰台の頂点に立つS.ドルフリンガー。彼は1962年から続いた50ccクラスの、最後のチャンピオンとして歴史に名を残しています。

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その後もドルフリンガーは80ccクラスが消滅する1989年まで80ccクラスで活躍。1986年以降はランキング3位、4位、3位、2位と、惜しくもタイトルに届きませんでしたが、このクラスの実力者としてのパフォーマンスを発揮しています。

画像: 1989年と1990年に、ドルフリンガーはアプリリアで125ccクラスでも戦いますが、80ccクラスのように際立った成績を残すことはできず、1990年限りに引退することになりました。 www.motogp.com

1989年と1990年に、ドルフリンガーはアプリリアで125ccクラスでも戦いますが、80ccクラスのように際立った成績を残すことはできず、1990年限りに引退することになりました。

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こちらの動画は1984年のオーストリアGP(ザルツブルク)80ccクラスのもので、ドルフリンガー全盛期の映像です。懐かしい押しがけスタートや小排気量独特の走りを、お楽しみください。

画像: RR WM ´84 Salzburgring 80cc youtu.be

RR WM ´84 Salzburgring 80cc

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チームオーナーとしても活躍した"アスパー"!

上の動画で、優勝したドルフリンガーの後ろで5位にゴールしたのが、今年MotoGP殿堂入りを果たしたもう一人の小排気量スペシャリストである、スペインの英雄ホルヘ・マルティネスです。

画像: 1987年、デルビで80ccクラスタイトルを獲得したJ.マルティネス。 as.com

1987年、デルビで80ccクラスタイトルを獲得したJ.マルティネス。

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1982年の50ccクラスでGPデビューしたマルティネスは、デルビに加入した1984年オランダGP80ccクラスでGP初優勝を達成! 翌1985年は同クラスで3勝を記録しますが、ドルフリンガーに屈してランキング2位にとどまりました。しかし、1986年は4勝で見事初の80ccタイトルを獲得! 1987年は7勝と他を圧倒してタイトル防衛。1988年には、80ccクラスと125ccクラスのダブルタイトル獲得という偉業の達成に成功しました!

マルティネスがスゴイのは1980年代の全盛期だけではありません。彼は1997年まで現役を続け、ロードレースライダーとしての晩年期にも表彰台に登壇する実力を保ち続けたのです。

画像: アスパーことJ.マルティネスのキャリア最終年、1997年イタリアGP125ccクラスの表彰式。優勝した若き日のバレンティーノ・ロッシ(アプリリア)を祝福する2位のJ.マルティネス(アプリリア)。 it.wikipedia.org

アスパーことJ.マルティネスのキャリア最終年、1997年イタリアGP125ccクラスの表彰式。優勝した若き日のバレンティーノ・ロッシ(アプリリア)を祝福する2位のJ.マルティネス(アプリリア)。

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マルティネスは引退後に自身のチーム、「アスパーレーシング」を運営。多くの若いライダーを養成することでロードレース界への貢献を続けました。

画像: 20º Aniversario Doblete Jorge Marti­nez Aspar.mp4 youtu.be

20º Aniversario Doblete Jorge Marti­nez Aspar.mp4

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今ではMotoGPクラス、かつては500ccクラスと・・・GPの世界で最大排気量の最高峰クラスに最も注目が集まるのは自然なことで、それらクラスの王者がちやほやされることに文句を言う人はいないでしょう。しかし、だからと言って排気量の小さいクラスの王者は偉大ではないのか? といえば、決してそうではないのも確かです。

若い世代のMotoGPファンの多くは小排気量クラスの王者たちを知らないと思いますが、GPの歴史を振り返るうえで欠かせない、かつての小排気量クラスの英雄二人が殿堂入りしたことは、ロードレースファンのひとりとして素直に嬉しいです。

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