"マイルマスター" ブライアン・スミスと日本
WELCOME RACE FANS!! ダートトラックライダー/FEVHOTSレースプロモーターのハヤシです。2気筒でのマイルレースでとりわけ圧倒的な強さを誇るブライアン・スミスは、実は日本ととても繋がりの深いライダーです。かつて栃木県で開催されていたもてぎダートトラックレースには、2005・2006・2007年の三回、彼の愛用する我が国のレザースーツブランド・エスケーワイ/GREEDY Racing Leathers による全面的な支援のもと、本場アメリカからの特別招待選手として、各シーズンの最終戦に参加しました。
2気筒マシンでの圧倒的なパフォーマンスに比べ、単気筒450ccでのショートトラックやTT戦はどちらかといえば苦手とするライダーと評価する向きもありますが、本場のトップランカーならではの、遅いマシンでさえ万策を尽くしなんとか速く走らせる多彩なテクニックと、驚くほどスムーズなライディングは、現場に立ち会った多くの我が国ダートトラック関係者に強烈な印象を与えたのでした。
3度目の2007年、ブライアンと家族のように親しく、来日計画をアレンジした中尾省吾氏の指名で、筆者ハヤシは身の回りの世話係 兼 スクールでの通訳として帯同し、週末の自分自身のレース参加と平行するかたちで数日間を共に過ごしました。この時のブライアンの旅程はなかなか盛り沢山です。
■木曜 筆者が当時アシスタントを務めていたBKライディングスクール (静岡) に "いち生徒として" 参加。鉄スリッパーを脱ぎ、人生初の "ヒザスリロードライディング" を体験。当然瞬く間に上達。
■金曜 静岡から栃木に移動し、当時宇都宮にあったローカルダートトラックで終日 "FUN RIDE" 。
■土曜 ツインリンクもてぎでの前日練習走行。ブライアンによるGNC直伝スクール&模擬レース。
■日曜 ツインリンクもてぎでのレース当日
■月曜 スポンサー巡りと慰労会→翌日帰国
10年も前の個人的な思い出話の披露からでいきなり脱線しましたが、3年連続来日とはいえ異国の地での様々な体験に、後の全米チャンピオンとなるブライアンがすばらしい適応能力を発揮する様子に間近で触れた、大変貴重で濃密な経験だったことだけは、強くお伝えしておきたいと思います。
ファクトリー離脱の理由はインディアンFTR750強すぎの件?
では本題に入っていきましょう。インディアンFTR750は現在、最も成功しているダートトラックマシンだと断言できます。上の写真は9月2日に行われたAFT=全米プロダートトラック選手権第15戦、伝統のスプリングフィールド・マイルですが、決勝18グリッドのうち、なんと15台をFTR750が占めました。残る3台はハーレーファクトリーのXG750で、6台 x 3列の最後列にようやく滑り込んだ形。そしてもちろん優勝は本日の主役、レースナンバー4のブライアン・スミスでした。
2017シーズンからのインディアン "Wrecking Crew" (←壊し屋とか掻き乱す者たちの意) の活躍はご存知の方も多いかと思います。上の写真はブライアン・スミス、ジャレッド・ミーズ、ブラッド・ベイカーの3人トリオが表彰台を独占する、もはや全米選手権では見慣れた光景。で・す・が、実はここに、来期ブライアンが再びカワサキ・ニンジャ650に乗ることを選んだ大きな理由があるのです。
3人が身にまとうレザースーツは、いずれも黒とマルーンのインディアンカラーですが、よく見るとそのディテールは少し異なります。実は今年の年間チャンピオンを獲得した中央のジャレッド・ミーズは、サテライト待遇の別チーム。左隣のガッチリ体型の男性は、ジャレッドただひとりのために運営されるロジャースレーシングのチームオーナー、クレイグ・ロジャース。かつての全米選手権ライダー、ゲイリー・ロジャースの父上で、ジャレッドを自身のチームで走らせて約10年になります。
ジャレッドのFTR750のクルーチーフは、かつて7度の全米選手権を獲得したクリス・カーのパートナーで名チューナーのケニー・トルバートが務めています。対する純ファクトリーチーム待遇の2名のマシンについては、2016シーズン、ブライアンと共にニンジャ650を全米の頂点に押し上げた、リック・ハワートン率いるハワートンモータースポーツが一手に引き受ける形でした。
ここまで読んでお気づきの方もおられるかもしれません。ブライアンは来期再びクロスリー/ハワートンチームのニンジャ650に乗る、との発表でした。これはつまり、インディアンファクトリーチームのトップライダーに加え、活動を担うエンジニアであるクルーチーフやメカニックにいたるまで、ゴッソリそちらのチームに移る (=戻る) ことを意味しているはずです。嗚呼なんてストーブリーグ!
今週のサイクルワールド誌のインタビューでブライアン・スミスは、今期限りでインディアンファクトリーチームを離れる理由を次のように述べています。
インディアンFTR750はディーラーで買い求められる唯一で最強のダートトラックレーシングマシンなんだ。僕のマシンはほとんどストック状態といって良い。あなたもこのマシンを買ってガッツと才能のあるライダーを雇って乗せれば、自分やジャレッドを脅かす存在になるはずだよ。
チャンピオン獲得までの5年間、リックと僕は、"ブライアン・スミス・スペシャル" と呼べるカスタムメイドのレーシングマシンを作り、走らせ、勝ってきた。それが今じゃパドックの半数を占める "みんなと同じバイク" に乗っている。ハンドルバーのシェイプが好みじゃない。フットペグが僕のポジションに合ってない。アップタイプのエキゾーストが僕の足を焼く…僕はダウンパイプがいいんだ。それが来期、古巣のクロスリー/ハワートンモータースポーツでニンジャ650に乗ることを決めた理由さ。より強い、ニュージェネレーションの仕様になるだろうね。
実は今シーズン始め、僕らはインディアンFTR750のための新しいフレームを作ったんだ。より小さく、僕の考えるより良い車体、シンプルに僕のライディングにバッチリはまるようにデザインしたモノだったんだけど、残念ながら採用が見送られた。見た目がインディアンらしくないんだ。どちらかと言えばかつてのハワートン・カワサキ寄りというか。インディアンを応援してくれる人々の望む形じゃない、とメイカーが考えたんだから仕方ないけど、他のライダーとは違う方向性から、最高のリザルトを常に狙っている僕らとしては、ガッカリする出来事だったね。
インタビューからは、新進気鋭のメイカー直系ファクトリーライダーであるがゆえの窮屈さが伺えます。それに対しサテライト待遇のジャレッド・ミーズとそのチームは、おそらくかなり自由な裁量で "個人的なチューニング" を進めることができるのでしょう。ブライアンとジャレッドはミシガン在住で住まいも近く、一緒にトレーニングやファンライドをする仲であり、同時に最大のライバルなのです。制約を取り払い、直接対決で相手を打ち負かせる環境を求めての離脱、ということですね。
上の2点の写真はインディアンFTR750に乗る以前、ジャレッド・ミーズ + ケニー・トルバートが積極的に取り組んだ "掟破りの異形" ハーレーダビッドソンXR750。V型二気筒の後バンク吸排気方向を逆転させ、キャブレターを車体左側の前向きに移設。より車体をコンパクトにまとめ、機動性を高める狙いとのことですが、メイカー直系チームではおそらく許可されないワイルドなチャレンジです。
最大のライバルでありプライベーターならではの自由奔放な奇策を繰り出す彼らと戦うため、ブライアン・スミスが改めて選ぶニンジャ650とは、どのような変遷をたどったマシンなのでしょうか?
ブライアンとカワサキ・ニンジャ650。
ハーレーダビッドソンXR750が1970年代にデビューして以降、全米プロ選手権の決勝を走るマシンたち (のエンジン) は、折々で多彩なラインナップを見せます。1980年代中頃からの最大のライバル、ホンダRS750Dとの二極化時代を経て、1990年代からはスズキTLシリーズやアプリリア、KTMが姿を現しはじめ、2000年以降はドゥカティ、カワサキ、トライアンフ、最近ではヤマハやホンダの個体も登場しています。
ニンジャ650 (ER-6) にまず目をつけたのは、かつてスコット・パーカーらと組んだ名チューナー、ビル・ワーナーだと考えられています。ハーレーファクトリーを辞したワーナーは当初、中古のカワサキを元にレーサーを仕立て始めます。ストックフレームを利用した不格好なマシンですが、2010年にこれに乗ったブライアンはインディマイルとスプリングフィールドマイルで2週続けて勝利。ライダー本人の手応えもさることながら、この2戦でのブライアンのパフォーマンスに魅了されたリック・ハワートンの誘いで、"ブライアン・スペシャル" の開発がスタートすることになりました。
THE INDIAN WRECKING CREW から WRECK THE INDIAN CREW へ。
先のインタビューで、ニンジャ650を再び表彰台の頂点目指して走らせる決断について、ブライアンは以下のように続けます。
2016年にチャンピオンを穫ったニンジャ650をリックと微調整して、さらに次のステージへ進める準備をしてるんだ。そんなに劇的なシェイプアップではないけれど、僕らはあのシーズン、やり尽せなかったことを正しく理解している。その後も一緒に学び続けているしね。エンジンの搭載位置を再検討して、車体全体のバランスを組み立て直す作業が主になると思う。
僕たちの新しい取り組みはこのスポーツ全体を正しい方向に導くことにもつながると思ってるんだ。確かにインディアンFTR750は素晴らしいよ。だけどそれが勝つための唯一の答えだとしたらとてもつまらないし、むしろ僕みたいなライダーが外から…より洗練された次世代のニンジャ650でね…インディアン軍団に真っ向勝負を挑むってのもファンにとっては痛快なんじゃないかな。
2016シーズンのチャンピオン争いは、なんと最終戦・最終25ラップ・最終4ターンまでもつれた接戦でした。ブライアン・スミス (ニンジャ650) とジャレッド・ミーズ (XR750) による手の内を知り尽くした同士の2位争い、いずれか相手を打ち負かせば年間王者となる "決闘" です。この劇的なシーズンの再現か、あるいは新たなビッグドラマを生むことになるのか、来期の全米プロ選手権はなかなか面白いことになりそうです。ではまた金曜の "Flat Track Friday!!" でお目にかかりましょう!