2050カーボンニュートラルに向け、近年モータースポーツ界もその影響を受けてさまざまな変化が起きています。電動車の参戦も大きなひとつのトピックですが、FIM(国際モーターサイクリズム連盟)はICE(内燃機関)搭載車についても2024年から、最低40%の非化石由来成分含有の合成燃料の使用が義務付けています。一般に「E-フューエル」と呼ばれる合成燃料ですが、ひと足先に導入している全日本ロードレース選手権JSB1000クラスでは、E-フューエルならでは? の問題が指摘されていたりするのです・・・。

MtGってなんじゃらほい?

2月12日付のリリースで、BMWはエネルギー企業のノルドエルとのパートナーシップで生み出した、「RacE-Fuel WSBK R40-A」という合成燃料を世界スーパーバイク選手権(以下SBK)の開幕戦(オーストラリア)から使用することを発表しました。

「RacE-Fuel WSBK R40-A」は、世界のモータースポーツを統括するFIMが2024年から義務化をスタートさせる最低40%の非化石由来成分含有の合成燃料に適合する製品であり、MtG(メタノール トゥ ガソリン)と呼ばれるプロセスで製造されています。

MtGは米モービルが開発した、天然ガスとスチームにより製造したメタノールを、ゼオライト(アルカリまたはアルカリ土類金属を含む含水アルミノケイ酸塩)触媒により合成ガソリンにするプロセスです。nCH3OH →(CH2)n+nH2O・・・と書いてもナンノコッチャでしょうが、自動車用内燃機にそのまま使えるくらいオクタン価が高い合成ガソリンを作れるのが、MtGの特徴のひとつです。

なおBMWとノルドエルの協業の目標は、モータースポーツ界への持続可能なソリューションの提供、そしてCO2(二酸化炭素)を99%削減した102オクタンの合成燃料の実現です。FIMは2027年には、100%持続可能燃料を採用する目標を掲げています。つまり彼らのコラボの目標は、このFIMの方針に沿う合成ガソリンの完成ということになるのでしょう。

画像: ヤマハ時代にSBK王者に輝いたT.ラズガットリオグルは、今年よりBMWに移籍してSBKを戦います。2月23〜25日にオーストラリアで開催される開幕戦では、どのようなパフォーマンスを披露してくれるのか? 注目ですね! www.press.bmwgroup.com

ヤマハ時代にSBK王者に輝いたT.ラズガットリオグルは、今年よりBMWに移籍してSBKを戦います。2月23〜25日にオーストラリアで開催される開幕戦では、どのようなパフォーマンスを披露してくれるのか? 注目ですね!

www.press.bmwgroup.com

SBKだけでなく、ロードレースの最高峰であるMotoGPも今年から最低40%の非化石由来成分含有の合成燃料が使われることになります。30年のパートナーシップ関係にあるレプソルとホンダは、MotoGPマシンのRC213Vに使用する合成燃料をともに開発しました。

ジョアン ミル(左)とルカ マリーニ(右)がコンビを組む今年のレプソルホンダ。

www.boxrepsol.com

スペインのエネルギー企業であるレプソルは、すでにダカールラリーに70%再生可能燃料を、そしてフランスの4輪フォーミュラ4シリーズに100%再生可能燃料を提供した実績を持っています。これら実戦で得たさまざまな合成燃料のノウハウは、近年MotoGPで低迷しているホンダの復権を後押ししてくれることが期待されます。

エンジンオイルが"シャバシャバ"になってしまう・・・その原因は?

FIM世界選手権に先駆け、全日本ロードレース選手権の最高峰JSB1000クラスでは、100%非化石由来レース用ガソリンを2023年シーズンから使用しています。

画像: 全日本JSB1000クラスで昨年より使用されている、独ハルターマン・カーレス・ジャパン社取扱いの「ETS Renewa Blaze NIHON R100」。植物ゴミや木材チップなどのバイオマス原料を使った燃料です。 blog.jama.or.jp

全日本JSB1000クラスで昨年より使用されている、独ハルターマン・カーレス・ジャパン社取扱いの「ETS Renewa Blaze NIHON R100」。植物ゴミや木材チップなどのバイオマス原料を使った燃料です。

blog.jama.or.jp

FIMよりもかなり早く、全日本JSB1000で100%非化石化を果たしたのは素晴らしい取り組みですが、このことを日本のモータースポーツを統括するMFJ(日本モーターサイクルスポーツ協会)は、もっと広く世の中にアピールしても良いのに・・・と個人的には思います。

この燃料はドロップイン・・・つまり従来のICEにそのまま使うことができますが、それまで使用されていたレース用ガソリンより燃えにくい特性のため、点火系制御を最適化する必要が生じたそうです。また参戦チームの関係者からは、エンジンオイルが希釈されるのが一般的なガソリンよりも早いことを指摘する声を多く聞くことになりました。

画像: 2023年度も、JSB1000のタイトルを防衛した中須賀克行(ヤマハ)。 blog.jama.or.jp

2023年度も、JSB1000のタイトルを防衛した中須賀克行(ヤマハ)。

blog.jama.or.jp

このエンジンオイル希釈現象についての公式なアナウンスはメーカーなどからはないので、あくまで推察になりますがJSB1000に使われている100%非化石由来燃料は、おそらくガソリンよりも蒸発しにくい特性なのでしょう。

公道用量産車の燃料系にインジェクション(燃料噴射)が採用され始めたころ、一部の機種で使用するにつれエンジンオイルのレベルが上昇する例が報告されました。これはインジェクターの性能・制御が今日のものほど優秀ではなく、噴射される燃料の液滴が大きかったことなどが原因の現象です。

液滴が大きいため吸気経路や燃焼室でガソリンが十分に蒸発せず、液滴のままシリンダー壁に付着してしまう・・・。それをピストンのオイルリングがクランクケース側にかき落としてしまい、結果エンジンオイルがガソリンによって希釈されてしまうのです。

公道用量産車に対して、競技用車両は頻繁にオイル交換するものではありますが、エンジンオイルが燃料に希釈されてシャバシャバになるのはあまり好ましいことではないですね。開発が進めば、この問題はやがて解決に向かうことになるのかもしれませんが・・・。

ICE搭載車ファンと自動車メーカーにとっては、E-フューエルは希望!?

ICEの燃焼は液体燃料の水素と炭素を、空気の21%を占める酸素と結合させエネルギーを発生させています。その過程で無害な水(H2O)と温暖化の元凶といわれる二酸化炭素(CO2)が生成されるわけですが、それはガソリンでもカーボンニュートラル燃料でも同じです。そのことから、E-フューエルは大気汚染や温暖化対策の真の解決策にはならないと主張する科学者や環境団体もいます。

ただ2050年までの経過措置として考えると、E-フューエルの普及は十分にアリ・・・といえるのかもしれません。電気や水素を燃料とする場合は多くのインフラ整備や設備投資が必要になりますが、E-フューエルは給油スタンド、輸送、保管などに既存の施設がほぼそのまま使えます。化石燃料との併用もできるので、即時的に導入ができるのも大きな利点といえます。

また電気や水素を燃料に使うためのインフラ整備には多大な資本を要しますが、既存のインフラを使える合成燃料は経済が弱い国・地域でも比較的導入が容易です。

合成燃料は、既存のガソリンスタンドでも運用できるので、供給場所のインフラ整備にかかるコストが少なく済みます。

nordoel.de

2&4メーカーとしては合成燃料の普及は、長年積み上げてきたICE技術の蓄積を死蔵せずに済む利点があります。またEVや燃料電池車に関心がない、根っからのICE搭載の乗り物好きにとっては最も好ましい温暖化対策といえるでしょう。

ICEの究極のパフォーマンスを引き出すモータースポーツの舞台は、メーカーやエネルギー企業にとっては最高の「実験室」になります。2024年の各カテゴリーのレースに、合成燃料の導入がどのような影響を及ぼすかはわかりませんが、実戦の場で得たデータを活かして合成燃料技術が発展することを期待したいです。

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