去る5月23、24日に、三重県・鈴鹿サーキットで開催された「SUZUKA Sound of ENGINE 2015」に行ってきました。通常、雑誌編集者としての私の場合、鈴鹿に行くのは雑誌記事の取材・・・というのが常ですが、今回は場内放送のコメンタリー(解説)という初体験のお仕事・・・でした。

「SUZUKA Sound of ENGINE 2015」は、2輪・4輪のモータースポーツを彩った名機と名選手をメインにフィーチャーする、日本版"グッドウッド"を目指して企画されたイベントです。"グッドウッド"については、こちらのWikipediaをご参照ください。大雑把に言えば、「葵祭」や「流鏑馬」のように、その国の歴史や文化を振り返る祭りの、自動車文化@欧州・・・みたいなものです(ちなみに秋のグッドウッドでは、「リバイバルミーティング」という、ロードレース形式のイベントも開催されています)。

世界で五指に入る? 超一流クラシック系モータージャーナリスト(笑)の私は、過去に何度か"グッドウッド"に遊び or 取材で訪問していますが、"グッドウッド"の面白いところは、いわゆるモータースポーツファンだけではなく、ニット編みが趣味・・・みたいなお婆ちゃん、そして普段はヒップホップを聴いているであろうナウいヤング(死語)など、いつもはモータースポーツに関係なさげな人たちまでがそこに集い、「Lovely・・・」(意訳:ステキ!)と呟きながら、2輪・4輪の名レーシングマシンの疾走する姿を見ているのです。

「葵祭」とか「流鏑馬」に例えたのは、つまり彼ら(英国人・欧州人)にとっては、2輪・4輪といった機械文明が、自国の誇るべき歴史・文化という認識が共通意識としてあるのではないか・・・という推論からです。そういうものに注ぐ「あたたかい目」が、彼らにはあるのではないか、と私は確信に近く思うのであります。

日本も第二次大戦後から約70年とか経ちますが、戦後から今日までの、日本が経済大国になるまでの過程でそのエンジン役のひとつを果たしたのは2輪・4輪産業に他なりません。2輪・4輪技術の発展なくして国の発展なし・・・将来私が政治家になって、文科省の大臣になった暁には、愛国心ならぬ「愛モーター心」を育む教育を全国民に授けたいと思います。みなさま、清き一票をお願いいたします(笑)。

キングケニーは日本車育ち

長い前置きはそれくらいにして、本題に移りましょう。観衆の主な興味の対象であるイベントの主役は華やかなワークスマシンとレジェンドライダー/ドライバーですが、それ以外のヒストリックロードレーサーオーナーの趣味人たちも参加していました。

画像: 1966年ブリヂストン90にまたがるジャングルスクーターズ店主の古田さん(左)と、3度世界GP王者になったキングことケニー・ロバーツ。

1966年ブリヂストン90にまたがるジャングルスクーターズ店主の古田さん(左)と、3度世界GP王者になったキングことケニー・ロバーツ。

イベント開始前日の22日(金)は、本番に向けての練習走行が行われました。紆余曲折があり? 今回2輪の一般参加はわずか5台・・・という寂しい内容でした。もっと多くのヒストリックロードレーサーオーナーに参加してもらえるように、主催者には彼らの想いをくんだ上で、ひと工夫ふた工夫を考えていただきたいものですね。

そんな一般参加者たちのピット内に、金曜日の午後どよめきが起こりました。"キングケニー"ことケニー・ロバーツがピットに訪問し、参加車両各車に慈しみの眼差しを注いでいたのです。話を聞いてみると・・・「私が初めて乗ったバイクは、トーハツの50ccなんだよ。スズキX6ハスラー(注:日本国内市場の2ストローク250ccツイン・6速のT20系)のエンジンを使ったハーフマイルのダートトラッカーにも乗っていたんだよ」。ヤマハのファクトリーバイクであるYZR500を駆り、1978〜1980年の世界ロードレースGP500ccクラス王者となったケニーさんは、日本車でノービス期を過ごし、ライディングのなんたるかを学んだのです。

画像: 24日(日)に、カワサキのGP500ccマシン、KR500(1981年型)に乗るケニーさん。

24日(日)に、カワサキのGP500ccマシン、KR500(1981年型)に乗るケニーさん。

アメリカ人ライダーの世界ロードレースGPでの活躍=アメリカン・インベーションの代表であるグレートチャンピオンが、日本車で育ったということは、日本人のひとりとして非常に嬉しいことですね。なおカワサキKR500を今回鈴鹿に持ち込んだ英国人オーナー、クリスさんのはからいで、ケニーは現役当時ライバルとして戦ったマシンにライディングしたのですが、「ポジションが合わなくて怖い」と数周でピットインしました。あくまでデモンストレーション走行なのだから、安全第一でタラ〜っと走ればいいのに、とも思いましたが、そこはやはり"生粋のレーサー"なのでしょう。100%で走れないならば走らない・・・と言わんばかりの振る舞いに、キングのキングたるゆえん、を感じた次第です(続く)。

This article is a sponsored article by
''.