世界が注目する、ホンダの2輪駆動・回生ブレーキシステムとは?
アメリカのサイクルワールド、そしてドイツのモトラッドなど、世界的著名メディアがホンダ最新のパテントを報じ、世の中の多くの2輪ファンがその内容に注目しています。そのパテントが非常にユニークなのは、2輪車の前輪に油圧ポンプ/モーターを組み込み油圧で前輪を駆動するとともに、制動時には回生ブレーキシステムとして発電させるという点です。
パテントの注目すべき最たるものは、前輪ハブに組み込まれた油圧ポンプ/モーターでしょう。ハブにはリボルバー拳銃のバレルのようにいくつもの穴=シリンダーが設けられ、その中にはプランジャーピストンが収まります。シリンダー中はオイルで満たされており、プランジャーピストンの片側端部は斜板に当たっていますが、この斜板の傾きが変化することでシリンダー中のオイルを押すストローク量=オイル流量も変わっていきます。
回生ブレーキ中はこのユニットが油圧ポンプとして機能し、2輪駆動として使うときは駆動力を生む油圧モーターとして働くことになります。前輪からの油圧の伝達はフレキシブルなホースを使えますので、機械式の2輪の前輪駆動方式よりも構造がシンプルになります。またそのレイアウトの自由度も高い、といえるでしょう。
前輪側で回生させることのメリットとは?
このホンダのパテントはICE(内燃機関)でも電気モーターでも、どちらの動力源を使う2輪にも使うことができますが、本命の用途はこれから普及期を迎えるであろう2輪EV用だと思われます。
現在販売されている2輪EVの多くは、貴重な電力を回収するために制動回生システムを備えていますが、前輪ブレーキの方が仕事量が多いという近代2輪車の特性により、既存の2輪EVのほとんどは4輪EVより回生効率があまり高くないという問題点があります。
多くのライダーが経験として知っているとおり、2輪車がブレーキをかけたとき荷重のほとんどは前側に移動します。スーパースポーツのような強力なフロントブレーキを持つモデルの場合、後輪はほとんど無負荷か、地面から浮いてしまうこともままあります。
後輪と接続された電気モーターで回生させるよりも、前輪側にモーターを組み込んだ方が回生効率が高い・・・という考えは、以前紹介した電動速度記録車、WMC250EVにも採用されています。おそらくホンダも、同じ考えでこのパテントを生み出したのではないでしょうか?
ホンダのパテントの優れているところは、重たい電気モーターをホイールインモーターで前輪に組み込むより、油圧ポンプ/モーターを前輪ハブに組み込んだ方がバネ下重量を少なくすることができることでしょう。またICE車にも使える技術である点も、2輪駆動の方法として応用範囲が広く、素晴らしいアイデアだと思います。
1950年代から、ホンダが研究を続けた技術です!
ところで、熱狂的ホンダ信者を自負する人のなかには、パテントに図示された油圧ポンプ/モーターを見て、すぐに「あっ!! これは"バダリーニ"だっ!!」と思った方もいるのではないでしょうか?
ホンダがまだ4輪メーカーとしてのあゆみを始めていなかった時代・・・1950年代よりホンダは「オートマチック」技術の開発をしていました。1950年代の日本はまだ4輪普及期にはなく、シルバーピジョンやラビットなどのスクーターが人気の、第一期国内スクーターブーム期にありました。
バイクメーカーのホンダも、スクーターブームを無視する訳にもいかず、1954年1月に「ジュノオK型」というスクーターを販売。しかしこれは商業的に大失敗に終わってしまい、ホンダは捲土重来を期して当時の国内スクーター市場で人気のオートマチックを採用するスクーターを開発しました。
1950年代当時の国産スクーターのオートマチックは、遠心クラッチ+Vベルト無段変速とトルコン(トルクコンバーター)が主でしたが、ホンダはイタリアの工作機械メーカーのバダリーニ社が考案したバダリーニ式無段変速機の基本特許を購入し、これを研究開発したHMT=油圧-機械式変速機であるHRD(Honda R&Dのイニシャル)変速機を1962年発売のジュノオM85に採用しました。
ジュノオK型のリベンジ、という意気込みとともにデビューしたジュノオM85でしたが、旧型ジュノオK型同様に4ストロークで重たく、特殊な左手の斜板調整を上手く使えないとスムーズに速く走れないM85は、やはり商業的には失敗作に終わりました。もっとも、1958年にホンダが生んだスーパーカブシリーズが実用車の市場で大人気を当時博しており、そのあおりで当時は第一期国内スクーターブーム終焉が始まっていたのです・・・。M85は、その登場があまりに遅すぎました。
そして時を経て、ホンダはかつてのHRD変速機のアイデアを発展させたHMTを開発。HFT=ヒューマン・フィッティング・トランスミッションと命名した機構を、全日本モトクロス選手権を走るワークスマシン、RC250MAに採用しました。
ポンプ・モーターの同軸上対向配置の、油圧-機械変速にシステムを変えたHFTは、かつてのHRDの6.86MPaよりはるかに作動圧が高くなり(常時作動圧:44MPa、最大作動圧:80MPa)、軽量・小型化に成功。さらに電子制御を採用したことで、乗り手の意を汲むような変速の応答性を得ていました。
参戦開始2年目で全日本タイトルを獲得しその技術の優秀性を示したHFTですが、市販モトクロッサーのCRシリーズにこの技術が採用されることは終ぞありませんでした。しかし、ホンダはその後もHMTの研究開発をしっかり続け、2000年には北米向けのATV(全地形走行車)TRX500FAフォートラックス・フォアマン・ルビコンに、電子制御HMTの「Hondamatic」を採用。そして2008年にはHFTを採用したロードバイク、DN-01をリリースしました。
DN-01のHFTには、VベルトやCVTに比べ優れたレスポンスを楽しめ、エンジンブレーキの効き方もスムーズという特徴のほか、HMTでは初のロックアップ機能も備えていました。また電子制御により、クルージングに適したDモード、スポーツ走行を満喫できるSモード、そして6速マニュアルモードをライダーが選ぶこともできました。
2010年7月の「VFR1200F デュアル クラッチ トランスミッション」からホンダはDCT機構の採用を始めることになり、HMTを量産市販車に使うことはなくなりました。しかしホンダはHMT技術を捨てたわけではなく、半世紀以上の歴史を持つHMT開発を「電動化時代」にも活かせるように研究を続けていたわけです。
去る4月23日の三部敏宏ホンダ社長就任会見では、「2024年までにパーソナル領域で原付一種・原付二種クラスに3機種の電動2輪車を、さらにFUN領域でも商品を投入していきます」という発言がありましたが、最初に登場することになる「FUN領域」のホンダ製2輪EVに、この2輪駆動・回生ブレーキシステムは採用されるのでしょうか? その日がいつおとずれるのかは定かではありませんが、"答え合わせ"ができる日を楽しみに待ちたいです!