黄金の中量級を支えた立役者、ロベルト・デュランの物語
1970年から80年代にかけて、”黄金の中量級”と呼ばれた4人のことはご存じだろうか?
中量級とは一般にライト級からミドル級まで。ざっくり60Kg前後から72Kg前後までのレンジのことだ(各階級の制限体重は団体によっても若干違うし、アマチュアとプロでも違う)。ライト級を軽量級と考え、その上のクラスである(呼称自体も団体によって異なるが)スーパーライトorJr.ウェルターからミドル、とするケースもあるが、階級別に細かく分けると”ライト”、”スーパーライトorジュニア.ウェルター”、”ウェルター”、”スーパーウェルターorジュニア.ミドル”、”ミドル”の5階級となるだろう。
その4人とは、華麗なステップと圧倒的なカリスマぶりを見せた不世出の天才シュガー・レイ・レナード、長身から繰り出すフリッカージャブ(前腕をL字に構えてジャブを連発するそのスタイルはデトロイトスタイルと呼ばれた)でKOの山を築いた”ヒットマン”ことトーマス・ハンーズ、驚異的なパワーとテクニックを併せ持つマーベラス・マービン・ハグラー。そして石の拳と称されたパナマの英雄ロベルト・デュランの4人だ。
シュガー・レイ・レナードは、中量級のモハメド・アリとも言うべきボクサーで、超特急とも呼ばれたほどのスピードと、類稀なるボクシングセンスを持ち、ハンサムな容姿もあって、華麗でスマートな大スターだった。ウェルター級からスーパーミドル級にわたり、世界チャンピオンを獲得した(初の5階級制覇)。
トーマス・ハーンズ(トミー・ハーンズとも呼ばれる)は中量級としては非常に長身(身長185cm、リーチ198cm)で、だらりと下げた左腕から放たれるムチのようなジャブと、それに続く強打でヒットマンの異名をとった。レナードとの初戦は優勢に試合を進めながらも14Rで逆転KO負けを喫するが、80年代のベストバウトとも称される名勝負だった。
マービン・ハグラーは他の3人とは違って、ナチュラルボーンのミドル級の選手で、他の階級に変更したことがない。今で言えばゴロフキンのような選手で、パワーとテクニック、そして堅実ながら勝負どころを抑えたクレバーな試合運びで、いまだに史上最強のミドル級王者と称されることも多いボクサーだ(実は僕は一番彼が好き)。そして、ハーンズ、デュラン、を倒しながらも、一時は引退していたレナードの復帰戦の相手として戦い、僅差の判定負けでタイトルを失う。
そして、本作の主人公である石の拳(つまりハンズ・オブ・ストーン)ことロベルト・デュラン。黄金の4人の中で唯一の白人であり、唯一の非米国民(パナマ人)である。ストリートファイトで相手をぶちのめす殺戮本能を養い、十数人もの世界チャンプを生んだ名伯楽レイ・アーセルのコーチングにより得た戦略力とテクニックを駆使して世界中にその名を轟かせた、史上最強のボクサーの1人だ。
あらすじ:天才ボクサーの栄光と挫折
1903年から米国の支配下にあったパナマ。長年の怨念は1964年には激しい学生運動を引き起こしていた。貧困街でストリートファイトで糊口をしのいでいた少年ロベルト・デュランは、米国への激しい嫌悪を抱きつつも、米国のボクシング界で比類ない実績を残してきた名トレーナー、レイ・アーセルの指導を受けることになる。
天性の才能と一流の訓練の賜物で、デュランはほどなく世界ライト級チャンピオンの座を勝ち取るが、その頃米国ではモハメド・アリの後継者と称される華麗なボクサー、シュガー・レイ・レナードが古今東西で最高のボクサーとして台頭していた。レナードを倒すことを、パナマ国民の米国への怨念を晴らすことと同一視したデュランは、レナードが持つ世界ウェルター級のベルトを狙って挑戦状を叩きつける。
一度は判定勝ちしたデュランだったが、再戦では足を使ったレナードのかく乱戦法に苛立ち、途中で試合を放棄してしまう(ノー・マス事件)。パナマの英雄として得た名声を不名誉な試合放棄で台無しにしてしまった彼は酒や美食に溺れるが、やがて自らの天命はボクシングにあると悟り、再び世界タイトルに挑むため、トレーニングを再開する。
デュラン役はエドガー・ラミレス。彼のコーチ役をロバート・デ・ニーロが演じ、さらに宿敵シュガー・レイ・レナードを人気R&Bシンガーのアッシャーが演じたことでも話題になった作品。
エリート育ちの天才とスラム街の天才の激突に絞った潔い作品
無駄にボクシングシーンを描かず、上手なカットワークでスリリングな試合展開を再現するなど、上手な撮影テクニックが目立つ。脚本もシンプルで、余計な挿話を挟まないところが好感。デュランのライバルを潔くレナードに絞ったおかげで、本作はよく締まり、力強い作品となっていると言えるだろう。
デュランは黄金の4人の他の3人全てと戦っており、全てに負けてはいるが(レナードとは1勝2敗、ハーンズ、ハグラーにはそれぞれ1戦1敗)、それぞれが色々な意味で歴史に残る名勝負をしている。本作はそうした試合を割愛していることで、かえってデュランのボクサー人生を象徴的に表現することに成功している。
実際のところ、黄金の4人は4人全員が戦っているが、とりあえず全員に勝ったことがあるのはレナードだけで、そのレナードにーしかも全盛期の彼にー勝っているのはデュランだけである。また、他の3人と違ってデュランは本来ライト級がベストの選手で、この階級であれば彼は史上最強のボクサーであると言っても過言ではないのだ。(レナードとハーンズはウェルター級上がり、ハグラーはミドル級から出たことがない)
レナードはオリンピックに出場して金メダルを獲得しているエリート。ボクシングセンスさながらに生き方そのものもスマートそのもの。対してデュランは貧民街の出身でろくに文字も読めなかったとされる。そんな雑草のようなボクサーが、エリート中のエリートと言えるボクサーと死闘を演じて、人生を二転三転させていった様は、映画化するに足る、非常にスリリングでエキサイティングな生涯だ。
本作は、まるで『あしたのジョー』を見ているかのような、昭和の香り漂う青春ストーリー。ボクシングファンなら絶対見るべき、いや、男なら絶対に外せない一本だと言えるだろう。