チェスの世界選手権は、あたかも米ソの代理戦争の体をなした。24年間世界チャンピオンを独占するソ連に苦汁を飲まされ続けた米国に現れた救世主は、天才と引き換えにエキセントリックな狂気と滑稽なまでの妄想に取り憑かれた一人の青年だった・・。
チェスに限らないが、スポーツでもなんでも、勝敗が掛かるゲームは全て国家掲揚の場に利用され、政争の道具にされることはやむを得ないことだと思う。しかし、それが極度に緊張状態にあったのが、冷戦の最中にあった1970年代だ。
当時のチェスの世界では、ソビエト連邦のプレイヤーがランキングを独占していたが、ソ連側はそれを西側より東側の頭脳が優れているからだというプロパガンダに使っていた。そんな中、現れたのが天才ボビー・フィッシャーだった。
幼少期より天才の名をほしいままにしてきたボビーだが、4手につき3000億通りと呼ばれる複雑なシミュレーションを瞬時に行い、次の手を考えるチェスの世界*で精神に変調をきたしていく。しかし、周囲の期待は彼の状態を知りつつも、ソ連が牛耳る世界を破壊し、チェスによる 代理戦争 にボビーを向かわせようとするのだ。
被害妄想に陥って錯乱するボビーを、ついにはキッシンジャーまでが激励に駆り出されるさまは、やや滑稽だが、そういう時代だった、というほかないだろう。
*将棋や囲碁はその上を行く
ソ連側の現役チャンピオン スパスキー(演じるのはリーヴ・シュレイバー)にしても、海外に遠征するたびに亡命防止のためか、四六時中監視されており、同時に盗聴をされていると信じ込んでいた。(スパスキーの場合は本当にされていたかもしれないが・・)彼の危うい精神状態を示す情報は少ないものの、実はボビー同様のプレッシャーに追い詰められた気分に陥っていたようだ。特に、フィッシャーとの対局で追い詰められ始めてからの彼は、明らかにボビーと同じような徴候を示す。
頭脳と精神の極限を振り絞る戦いに挑む、史上最年少の15歳で全米グランドマスターとなった天才ボビー・フィッシャーを演じるのは、スパイダーマンシリーズで大ブレイクしたトビー・マクガイア。狂気に満ちた、チェスのモーツァルトというべき天才を、見事なまでに表現している。