東本昌平先生の代表作である漫画『キリン』で、主人公のキリンとカタナは第6話ではじめて遭遇します。その後そのカタナでポルシェに挑むこととなるわけですが、ではなぜ、キリンの愛車をカタナとしようと考えたのか?今回は、東本先生ご本人のインタビューから、その背景をご紹介します。

カタナといえば、舘ひろし、サムライダー、そしてキリン──。
ミスター・バイクBGの1987年1月号から連載を開始した『キリン』は、当時の最速モデルであるGSX-R1100でも、GPZ900RでもなくGSX1100Sカタナを相棒としました。そこには、敗れし者の美学がありました。

キリンは、なぜカタナに乗ったのか。

東本先生とカタナの出会い

「当時私は、CBナナハンとZ750FXを持っていて、仲間うちではいつも、誰のナナハンが一番速いんだ、って話にばっかり明け暮れていました。ライディングも含めてね。
そのうち、私は持っていたZ2から750FXに乗り換えて、バカだから、オレが世界中でいちばん速い男だ、なんていきがってた(笑)。
その後、日本にも少しずつオーバーナナハンが入ってくるようになって、GSX1100Eが発売されて、実車を見る機会がありました。エンジンかけて暖機しているところを見たら、サウンドもズ太くて、なにしろボディがデカい。ひそかに次のバイクとして「お金ためなくちゃ」と考えてたんです。」(東本先生)

そんなころ、海外のモーターショーでカタナが発表されました。東本先生は、はじめはあまり興味を持たなかったそうですが、しばらくして、友人からの紹介を受け実車を見に行くこととなり、気持ちは急転。

「写真より大きくて立派で、なんせセパハンでしょ!セパハンって言ったら、当時の憧れの非合法アイテムだから、それが最初からついてることもあって「買う」って言っちゃった。
実車のサイズ感にヤラれました。」(東本先生)

画像: ©モーターマガジン社

©モーターマガジン社

そのカタナは、日本に最初に入ってきたロットの5台のうちの1台で、200万円以上したそう。当時マンガを描き始めた頃だった東本先生の月収が9万円、そしてカタナのローンが月7万円。走って、ガソリン代払って・・どうやって生活成立させていたのでしょうか(笑)

「カタナはね、200km/h以上出たんですよ。まぁ、私のテストコースで、ってことにしといてください(笑)。私のCBナナハンは180km/h、Z2は190km/h、FXは180km/hメーターリミッターが当たったような気がしたなぁ。なのにオーバーナナハンはそれより一歩上を行って、カタナは230km/hとか出ちゃうんです!これはもう、今激走する自分は世界中でいちばん速い男だ!!って気分なわけです。」(東本先生)

敗れし者の美学

「なのに、数年後には、死にものぐるいの230キロで走っているところを抜かれちゃうんですよ。それも200ccも少ないニンジャに。
あぁ、時代が変わったんだ、ってハッキリ思いました。1100が1200に負けるなら今まで通りですが、水冷なんて新しい技術で、900って排気量で1100を負かしちゃうなんてね。もう「何キロ出たんだよ」「オレ╳╳の直線で200越えたぜ」なんて言ってる場合じゃないんだな、って。
この頃、次々と速いバイクが登場して、とても買い換えられない。それで私は、リングを降りました。だからカタナには、敗れ去りし者、ってイメージがあるんです。時代が変わった、オレはニンジャにノックアウトされてリタイヤするんだ、って。

画像: ©東本昌平先生/モーターマガジン社

©東本昌平先生/モーターマガジン社

それでもカタナは、新しい時代に、オレの腕をもってすればギリギリ届くかもしれない、って象徴なんです。速いヤツが乗れば負けないかもしれない。世代としてはゼッツーは高くて買えない、ニンジャは高くて買えない、です。
ニンジャに軽々と負けた頃、『ミスター・バイクBG』で「キリン」の連載が始まるんです。分別のわかったオジさんが、実はまだ燃えるものを持ってるんだ、ってテーマがあった時、乗るバイクはニンジャやGSX-Rじゃなかった。
むしろ描こうとしていたのは、ニンジャやGSX-Rに立ち向かって行く旧世代。だからカタナだったんです。
私はニンジャに嫉妬していたーー新しい時代に嫉妬してた、ってことなのかもしれません。」(東本先生)

画像: 『キリン』©東本昌平先生/少年画報社

『キリン』©東本昌平先生/少年画報社

「そうさ、俺は気も狂わんばかりに嫉妬していたのさ」

作者自身があちこちで公言しているように、実は東本はカタナではなく、いちライダーとしてCBナナハンを一番に愛しています。
「じゃあ、どうしてキリンがCBナナハンに乗らなかったのか、って言われると、CBやZ2では古すぎるんです。キリンにはカタナ世代以前のオートバイはほとんど登場させていません。それも、カタナがある時期、世界の頂点に立って、あっけなく新しい世代に敗れ去った象徴にしやすかったからなんです」(東本先生)

東本先生が『キリン』で表現したことは、カタナがポルシェに戦いを挑む、というものだけではなく、枯れゆく男が、去りゆく時代に抗って、ファイティングスピリットを再び燃やし始めるその生き様。そして、その象徴が、まぎれもなくカタナだったのでした。

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