以前、酒席を抜け出し、その場にいたホステスとともに唐突に日常をドロップアウトしてしまった男の話を紹介した。RIDE 16-17に掲載されている『B.O.R.(BLUE HEART ROCKET BOY ON RED ROSE SPEEDWAY)』という作品である。

©東本昌平先生/モーターマガジン社

主人公 吾郎は30歳を目前とした若者だが、本作ではすっかり社会の波に晒されて疲弊したサラリーマンとして登場する。彼が突然の衝動に女を連れて、あてのない旅に出てしまうのは酒のせいだったかもしれないが、やがて彼は宿泊していた一台の不動車(YAMAHA SDR)に気づき、これを直すことに執心し始める。

そして、彼を置いて先に日常へと戻っていった女を、そのバイクで追いかける、というのがストーリーだが、吾郎が必死にバイクを直し、いつ焼付くかもしれない不安と戦いながらバイクを走らせる そのモチベーションについて、読者の方が「もしそのバイクがSDRでなかったら、やる気をおこさなかったかもね」とコメントされていたことを思い出した。

世間からはドロップアウトしてしまったように思う吾郎だが、SDRとともに東京に駆け戻ったときには、確かにイイ男になっていたはずだ。SDRというバイクが、セールスこそ振るわなかったものの、その価値が低かったのではなく、時代に合わなかっただけであることと、確かにオーバーラップしている、のかもしれない。

時は1987年7月。総排気量195cc、最高出力34馬力というスペックで、気軽にスポーツライディングを楽しむために世に放たれたSDR。GPレーサーの技術がフィードバックし高性能「レプリカ時代」がまさに花開こうとしていた頃、それらのハイテクの導入を最小限に抑え、低価格でありながらも高いポテンシャルを発揮し、その目的をはっきりとファンライドに設定したこの、マシン、今思えばかなり画期的ではあったが、正直なところセールスはいまいち。当時は絶対的なパワーが求められた時代であったため、わずか2年弱で製造中止の憂き目にあってしまったモデルである。(RIDE 17)

商品としては、正当な評価を得られなかったバイクかもしれないが、そうして今になって バイク乗りの心を震わせる魅力があるというのは、商用の工業製品としては切ない限りだが、それでも後世になって価値を見出されることは、開発に携わった技術者たちも、当時このバイクを選んだバイク乗りたちも本望だろう。

画像: 華奢な車体に、なまめかしい女の素脚が激しく似合う。 ©東本昌平先生/モーターマガジン社

華奢な車体に、なまめかしい女の素脚が激しく似合う。
©東本昌平先生/モーターマガジン社

画像: YAMAHA SDR 水冷2ストローク単気筒 195cc・最高出力 34PS/9000rpm・最大トルク 2.8kg-m/8000rpm・乾燥重量 105Kg

YAMAHA SDR
水冷2ストローク単気筒 195cc・最高出力 34PS/9000rpm・最大トルク 2.8kg-m/8000rpm・乾燥重量 105Kg

メーカーが発売する商品である以上、そのとき売れたかどうかで良し悪しは判断される。
しかし、オートバイは機械であると同時に、ライダーの精神の拠り所でもある。時代に合わなかったとしても、そのときそのオートバイを選んだライダーとの一体感があったのなら、それはそれで良いのである。

多くの芸術家だって、生前に正しい評価を得られなかった天才たちは数多くいる。
そう思えば、このSDR。時代を先取りした、栄光なきマスターピースの一つだと言えるだろう。

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