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今年、2015年はヤマハ発動機の設立60周年にあたる。楽器メーカーからオートバイ部門が独立した同社は1955年7月1日に発足した。最初の製品となったYA-1は、その10日後に開催された「第3回富士登山レース」の125ccクラスでいきなり優勝し、それ以来、オートバイのヤマハはモータースポーツになくてはならないメンバーとなっている。

大型バイクを製造している世界の主だったバイクメーカーは、何かしらのモータースポーツでその技術力を競っているが、その舞台ではそれぞれに各メーカーを印象づける、レーシングカラーを持っている。MotoGPでいえばスポンサーカラーにも左右されるが、基本的にはホンダはコーポレートカラーでもあるレッド、ヤマハは濃いブルー、スズキは昔のイエローからいまはやや明るいブルーとなり、カワサキは印象的なライムグリーンである。

そのレーシングカラーの中でも、特に古いバイク好きの間で思い入れのあるカラーリングが、ヤマハの「インターカラー」だ。黄色地に黒い「スピード・ブロック」と呼ばれる、ストロボラインが一直線に入ったボデイカラーは、ロードレースのケニー・ロバーツや、AMAスーパークロスのボブ・ハンナといった、レジェンド・ライダーの活躍とともに多くの人の記憶に刻み込まれている。

「インターカラー」の名は、1960年に設立されたYamaha International Corporation=YICという日本楽器製造(現・ヤマハ株式会社)のアメリカ法人に由来します。この会社はヤマハ発動機の製品販売も担当し、業務の一環としてアメリカ国内のファクトリーチームを運営。そのイメージカラーとして、1970年ごろから使い始めたのが、黄色地に黒いオビのパターンでした。黒いオビが白いスリットでブロック分けされ、鎖みたいに見えるので、当時、現地では「チェーンブロック」と呼ばれていたそうです。発想は何だったのか、なぜ黄色と黒の組み合わせだったのかは、よくわかりません(笑)。

画像: インターカラーをまとったロッシのレーシングスーツ姿にはグッときますね。 www.vrxroadster.net

インターカラーをまとったロッシのレーシングスーツ姿にはグッときますね。

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ヤマハは50周年にあたった2005年に、11年ぶりの世界グランプリ開催となったアメリカのラグナ・セカで、黄色に黒いスピード・ブロックという伝統的なインターカラーをまとった、YZR-M1をバレンティーノ・ロッシとコーリン・エドワーズのために用意した。このレースでは、優勝はレプソル・ホンダのニッキー・ヘイデンにゆずってしまったが、エドワーズ、ロッシと黄色いインターカラー軍団が、アメリカのサーキットで表彰台の両脇に並ぶこととなったのだ。

Kenny Roberts rides his 1980 Yamaha YZR500 at Laguna Seca

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ロードレースでのヤマハ・インターカラーといえば、やはり王者ケニー・ロバーツでしょう。キングがラグナ・セカで1980年のYZR500をデモ走行させる映像では、本人はもちろんレイニーやエドワーズ、ロバーツ・ジュニアのコメントともに、ラグナ・セカでのヤマハの記念すべき日を盛り上げている。往年のYZR500が吐き出す2ストサウンドも、いまのグランプリでは聞くことのできない懐かしい音だ。

画像: ヤマハ発動機50周年を記念して発売された2005年のXJR1300 www.yamaha-motor.co.jp

ヤマハ発動機50周年を記念して発売された2005年のXJR1300

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画像: ヤマハ発動機60周年を記念して発売される2016年モデルのYZF250F www.autoevolution.com

ヤマハ発動機60周年を記念して発売される2016年モデルのYZF250F

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ヤマハ発動機60周年記念となる2015年は、ヤマハにとっても伝統的なレーシングカラーである、インターカラー復活の年となっているようだ。50周年にはインターカラーのXJR1300が限定発売されたし、60周年記念モデルとしてはYZF250Fがすでに発表されている。MotoGPでは息を吹き返したかのようなロッシの活躍とともに、ヤマハがタイトルを目指しているし、今月末にせまった鈴鹿8時間耐久レースでも、ホンダとヤマハの対決が楽しみだ。オッさんライダーとしては、60周年で力が入っているらしいヤマハに、伝統的なインターカラーをレースシーンでももっと見せてほしいものだ。

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