その創業は2009年、でした・・・
そもそもアルタ・モータースはカリフォルニアのデレク・ドレスティンとジェフ・サンドの2人が、2輪ICE車並みにパワフル2輪EVを作りたい・・・という夢からスタートした企業でした。
スタートアップ資金として170万ドル≒17億6,800万円と、2008年にイーロン・マスクがCEOに就任する前に、4輪EVメーカーのテスラを共同設立した2人・・・マーティン・エバーハードとマーク・ターペニングの関心を得たドレスティンとサンド、そして共同創業者として加わったマーク・フェニグスタインは3年間の開発を含む長い準備期間を経て、2016年から電動オフロードバイクの「レッドシフト」シリーズの生産販売を始めました。
電気モーターを動力とし、クラッチレバーもシフトレバーを持たないレッドシフトは、一般的なICEを搭載するオフロードバイク愛好者から当初好奇の目で見られましたが、ICE搭載車と混じってのオフロード競技でも活躍できるレッドシフトのパフォーマンスが高く評価されるようになるには、そう多くの時間は要しませんでした。
レッドシフトが発売された2016年には、レッドブルの人気イベント「ストレート・リズム」に初参戦。そして2018年には同じくレッドブルのハード・エンデューロの最高峰イベント「エルズベルグロデオ」に初参戦と、2つの「電動バイク初」を成し遂げています。
2018年のハーレーダビッドソンとの提携で、薔薇色の未来を夢見ましたが・・・
電動オフロードバイクとしての確かな完成度の高さ、テスラ・ブームによる世間のEVへの関心の向上、そしてEVだけでなく電動ドローンのバッテリー開発を目標にあげるというビジネスの将来性などなど、2016年のレッドシフトデビュー以降のアルタ・モータースの経営は、順風満帆そのものに見えました。
事実、2017年6月にアルタ・モータースは2,700万ドル≒29億円の資金を調達し、全米に36のディストリビューターを配する販売ネットワークを構築しており、飛躍的な成長を遂げていました。そしてアルタ・モータースの将来性を評価した、アメリカを代表するモーターサイクルメーカーのハーレーダビッドソンは2018年春にアルタ・モータースとの提携を発表。大メーカーとのパートナーシップを得て、アルタ・モータースがさらに飛躍すると思った人の方が当時は多かったです。
しかし、ハーレーダビッドソンとアルタ・モータースの蜜月はわずか約6ヶ月という短期間でおわってしまいました・・・。このニュースは提携合意の報道よりもショッキングなものでしたが、アルタ・モータースの製品の出来からハーレーダビッドソンの力を借りずとも、アルタ・モータースの躍進は続くだろうと考える人は少なくありませんでした。また新たなパートナーを見つけることも、アルタ・モータースの将来性を考えれば容易だろうと、考える人も多かったでしょう。
現実は悪い方へ・・・ハーレー側からの契約破棄により、アルタ・モータースは瞬く間に破綻への道を猛スピードで進むことになります。契約破棄があった2018年8月末から10月の間、アルタ・モータースは本社、ディストリビューターともに今までどおりのビジネスを継続しているように、人々の目には映りました。また同社運営のSNSでは、10月20日にカリフォルニアで開催されるレッドブルのストレート・リズムに参戦することを公表し、健在ぶりをアピールしていました。
アルタ・モータース消滅後も、そのDNAは継承されていきました・・・
2018年10月18日・・・アルタ・モータースは営業を停止したことを公表しました。前日の17日夕方には、従業員に廃業することを告知していたそうです。すぐにアルタ・モータースが新しい投資家やパートナーを見つけて経営を改善し、再興することを期待した方は多かったですが、現実はそのとおりにはなりませんでした・・・。
アルタ・モータースの破綻原因の詳細は明かされていませんが、ハーレーダビッドソンからの契約破棄以外の要因を推察する声もありました。2018年にアルタ・モータースはレッドシフトシリーズの価格を16%も下げて業界を驚かせましたが、これは量産効果による前向きな値下げではなく、ビジネスが上手くいっていなかったことの表れ・・・と見る意見もあります。
突然の破綻から約4ヶ月後の2019年2月、カナダのBRP(ボンバルディア・レクリエーション・プロダクツ)は、アルタ・モータースの持つ特許や資産の一部を取得したことを発表しました。この報道にレッドシフトシリーズの再販、そしてアルタ・モータースのブランドとしての復活を期待した人は多かったですが、残念ながらBRPはそのつもりはないことも同時に公表しました・・・。
そして翌月の3月、BRPは今後5年間で3億ドル≒330億円を投資し、2026年度末までに同社のラインアップ・・・パーソナル・ウォーター・クラフト、3輪バイク、カートなどの電動化を達成するという目標を掲げています。
2・4輪同様、カーボンニュートラルという世界的な流れに従って、BRPはシードゥやライカーなどの人気製品を今後も販売できるように、カナダとオーストリアにそれぞれ電動技術の開発拠点を設立するなど電動化に多大な投資を行っています(BRPは2輪ブランドとしての歴史を持つCan-Am=カンナムを擁しているのですから、レッドシフトシリーズをカンナム・ブランドで再リリースしてほしい・・・とも思ってしまいますが・・・)。
このようにアルタ・モータースの特許と技術はBRPへ流れましたが、同社を支えた人材はどうなったのでしょうか?
アルタ・モータース創業者のひとり、デレク・ドレスティンはカナダを本拠とする電動バイクメーカー、「デーモン・モーターサイクルズ」のCOO(最高執行責任者)を務めています。そしてドレスティンの友人で同じくアルタ・モータース創業者のジェフ・サンドも、デーモン・モーターサイクルズでデザイン・ディレクターに就任しています。
アルタ・モータースでの栄光と挫折を糧に、2人は新しいステージで電動バイク作りに励んでいるということを知り、ほっとした気持ちになるのは私だけでしょうか?
まだ本格的普及をしていない電動バイクのマーケットは、黎明期にあると言えるでしょう。21世紀に入ってから誕生したこの分野のベンチャー企業が、アルタ・モータースのように短い期間のうちに消滅することも、残念ながら珍しいことではないのかもしれません。
もっとも1950年代の日本の2輪産業を例にあげるまでもなく、企業の勃興と衰退は資本主義社会の世の常です。願わくば多くのこの分野に関わった人たちが企業人・開発者として怯むことなく、自分の理想の電動バイク作りに邁進してほしいです。