Mr.Bike BGで大好評連載中の東本昌平先生作『雨はこれから』第39話「ともしび点呼」より
©東本昌平先生・モーターマガジン社 / デジタル編集 by 楠雅彦@ロレンス編集部
毎日に疲れた松ちゃんになぜか絡んでくる一台のマスタング
一日の終わりに、私は一杯のコーヒーとひとときの休息を求めて馴染みの喫茶店 炉煎(ロイ)に向かってバイクを走らせていた。
そのとき、私の後ろからヘッドライトをハイビームにした一台の車が迫ってきた。古いマスタングだ。そいつはしばらく前から私にしつこく絡んでくるやつで、SRからハーレーに変えたことでもう出会うことはないかと思っていたが、バイクを変えても私だとわかるらしい・・。なんともしつこいやつだ。
流行りのあおり運転でもあるまいが、私にはオートバイごと刎ね飛ばさんばかりに接近してくる車の意図はわからない。殺意があるのかどうかもわからないが、私は懸命にバイクを操り、マスタングの横に並ぶと、運転手に向けて怒号を浴びせた。「いいかげんにしろ!!」
運転席に座っていたのは女だった。そして、私はその女をよく知っていた。
女は不遜な面持ちのまま私に一瞥をくれると、そのまま走り去っていった。挨拶の代わりに、ウィンドウを下ろした窓から中指を立てた左腕を伸ばして。
松ちゃんにしきりと絡んでくるこの女。一体誰だと思う?
詳しい事情は本誌でどうぞ♡
重い気分で喫茶 炉煎についてみると・・・
理由はわからないが、私はとにかくひどく恨まれているらしい。いや、憎まれているのか。
この歳(松ちゃんは57歳)になって人の恨みを買うのは本当に馬鹿らしいし、疲れることだ。
陰鬱な気分で炉煎に着いた私は、心底マスターが入れてくれるコーヒーを欲していた。毎日あくせく働いているわけでもないが、とにかく人生が重くなってきているという実感に、私は疲れているらしい。
バイクのエンジンを切った私は、炉煎のシャッターが下りかけていることに気づいた。その奥でマスターと誰かが立ち話をしている。シャッターをくぐって中に入ると、髪が薄くなった初老の男がちょうどマスターに辞去の挨拶をすませるところだった。
「今日はおしまいなの?」とマスターに尋ねると「いつもはもっと早いんですがね。一杯淹れますよ」と言ってくれた。
「今の方、店を閉めるそうです」コーヒーを淹れながらマスターが言った。
「御茶ノ水でね、25年続いた喫茶店のマスターです。さびしいですねェ・・・」
何も言わずに私はマスターを見た。
こう喫茶店がなくなると・・・とマスターは努めて明るい表情を浮かべようとしながら言った。「ウチも考えないといけません」
喫茶店がどんどんなくなっていく・・世知辛い世の中だけど、マスターは何を考えるって言うのだろう?
考えるって?何を考えると言うんだい、マスター?
若いうちはいいけれど、年をとるとだんだん人生が重くなっていきますね・・・
マスターの想いは別として・・・人生が重くなっていくのは私も同じだった。
いままでやってきたことがすべて無駄とは思いたくないが、これからどうやって生きていけばいいのか、なぜいまになってまたこんなに迷わなければならないのだろう。なぜ我々はこの歳になってまた足踏みをしているのだろう・・・。