アウシュヴィッツ強制収容所の所長として「ユダヤ人問題の最終的解決」と名付けられたホロコーストに深く関与したとされるナチス戦犯アドルフ・オットー・アイヒマンを裁く世紀の裁判を、テレビ中継した制作チームの葛藤と苦闘を描いた衝撃の実話、『アイヒマン・ショー/歴史を映した男たち』。
アドルフ・アイヒマンとは
アドルフ・オットー・アイヒマンは、アウシュヴィッツ強制収容所の元所長であり、数百万のユダヤ人を強制収容所へ移送するなどホロコーストに深く関与したと目される人物。
ドイツ敗戦後アルゼンチンに潜伏するも、1960年にモサドによって身柄を拘束される。1961年4月から戦犯として裁判にかけられ、同年12月に死刑判決を受けた結果、1962年5月に絞首刑を受けた。
彼の裁判の模様は全世界にテレビ中継され、ナチスドイツが行った様々な非人道的で残虐な行為の実態を白日のもとに晒したが、同時にアイヒマンが稀代の悪党というよりも単なる平凡な小役人のような男であったことが、かえって見る者に衝撃を与えたという・・・。
本作は、このアイヒマン裁判のTV中継を行った制作チームたちの奮闘を描いた、実話に基づくヒューマンドラマである。
アイヒマン裁判を通じて描き出される人間の本性を、世界に対してさらけ出した問題作
本作は2015年制作のイギリス映画。主人公のミルトンを演じるのは BBC制作の人気テレビドラマシリーズ『シャーロック』でワトソン博士を演じて大ブレイクしたマーティン・フリーマン。
600万人のユダヤ人の虐殺に関与した”生きたナチ”を裁く、それもイスラエルで。
となれば、第二次世界大戦の悪夢がまだ記憶に新しい1961年の生中継に世界が釘付けとなる。と、今振り返ればそう思うだろう。しかし実際には、当時はガガーリンによる有人宇宙飛行成功のニュースや、キューバ危機によって世界は激震し、人々の関心は”現在”と”未来”に向いていたという。わずか十数年前とはいえ、忘れ去りたい暗い”過去”に強い関心を抱く人はそう多くなかったらしい・・。
アイヒマン裁判を中継するTV制作チーム達は、そうした世事と競いながら、視聴率を稼がなければならなかった。さもなければ、現代の文明の下で実行された信じがたい悪業を、単純に他人事として済ませてしまい、過去の過ちとして片付けてしまおうとする無責任な”勢い”を止めることができなかったからである。
そして、アイヒマンが狂人や世紀の悪人であったなら救われたからもしれないが、彼は時代の雰囲気に流され、単に命令に従った小者に過ぎなかった。つまり、誰にでもアイヒマンになる、ファシストやテロリストになる可能性がある。TV制作を成し遂げたクルーたちは、そんな恐ろしい真実を、目を背け耳を塞ぎたい人々にも突きつけた。
TVが真に力を持っていた時代の話である。インターネットはその後継者となったが、TVが伝えてきた不都合な真実をこれからも伝え続けることができるだろうか。