Mr.Bike BGで大好評連載中の東本昌平先生作『雨はこれから』第32話「サカ上がりの宿題」より
©東本昌平先生・モーターマガジン社 / デジタル編集 by 楠雅彦@ロレンス編集部
息子くらいの若僧に軽いあしらいを受ける松ちゃん・・・
その日、私は機嫌が悪かった。いや、運が悪かったのか。
いつものハーレーではなく、修理を終えたばかりの(先日リョウとの大人気ないバトルで壊しちまった)GPZ900Rを使っていたのだが、それがよくなかったのか??
久々に出版社に行くと、担当が若僧にかわっていた。あの女性編集者が匙を投げた、ということらしい。
森川と名乗ったその若僧は、私の原稿を適当に読むと、無造作に机に置いてこう言った。
「こういうハナシも好きなんですがねェ・・・実は今将棋にはまっていましてネ」
早い話が自分が考えたネタで漫画を描け、ということらしい。
こいつの父親は、私より10歳も年下だという。私は腹が立ってくるのを抑えられなかった。
くたびれた年輩の男に絡まれる松ちゃん・・・
憤懣やるかたない思いで出版社のビルを出ると、後ろから「松ちゃんじゃないか」と声をかけられた。学生時代から知っているその男は、この出版社の専務だ。
「バイク置いていっぱい付き合え」と誘われた私は、彼とともに居酒屋に向かった。
聞けば彼は今月で定年退職するという。この出版社に原稿を持ち込んでいたのも、この男を頼りにしていたからだ。若僧にあしらわれたばかりの私は落胆を隠せなかった。
すると、突然後ろから罵声が飛んできた。
けっ昔バナシばっかかよ!
ふりむくと見知らぬ男が立っていた。私と同じくらいの、くたびれた年輩だった。
「マジメに働きもしねェでエッラそうにィ!」と男は怒鳴りながら私に絡んできた。
いきなり決めつけられて驚いたが、どうやら私の風体がそう言わせているらしい。
馴染みのカフェのマスターの一言に救われる松ちゃん
くだらない酔客とのいざこざは思いがけず警察沙汰になった。
先に手を出したのは相手だったから、私たちにはお咎めなしだったが、一晩中調書をとられて、解放されたのは結局明るくなってからだった。
若僧の次はおっさんか・・・「飲み直すか?」と誘ってくれた専務には悪いが、私にはもうその気力がなかった。疲れ切った私はその足で馴染みのカフェ炉煎に向かった。
災難だったね、と慰めてくれたマスターに、私は思わず愚痴をこぼした。「なんか虚しいと思っちゃってサ」
するとマスターは、ほーっと笑った。「松ちゃんの口からそんな粋なセリフが聞けるとはね」
よせやい、いまは揶揄われて笑える心境じゃあないんだ。私はマスターの軽口に若干ムッとしたが、結局マスターとの会話で落ち着きと平安を取り戻していった。
え?どんなことを言われたかって?
そんなことは問題じゃあないのさ、要はマスターとの時間が楽しかった、ただそれだけのことさ。