『銀灰のスピードスター』では、
不惑を過ぎた中年男(バツイチ、子持ち、でもイケメン)が主人公
『湾岸ミッドナイト』は19才のアキオ、『銀灰のスピードスター』では21-2才の元木を主人公にしていた楠先生ですが、本作では43才の中年男性を主人公にしています。
『湾岸ミッドナイト』でも『銀灰のスピードスター』でも、主人公の若者と、周囲の経験豊かなベテランエンジニアらとの交流を通して物語に深みを与えていましたが、今回は逆で、結婚そして離婚を経験し、自分で会社(チューニングショップ)を経営しながらも人生の踊り場にいることに惑う大人が、若者(と、彼が見せる空冷ポルシェへの執着)に出会うことで、自分が淀んでいることを自覚し、かつて持っていた(クルマへの)情熱を取り戻していくという話になっています。
主人公の工藤は自分が最初に作り上げたマシン、K0番(改良番号0を意味する、チューニングのコンプリートマシンのプロトタイプ車)の34Rを探し出そうと思いつくのですが、それは自分の原点を見つめ直していこうとする彼の想いを形として表現していることなのです。
特定のマシンに並々ならぬ愛情を注ぐキャラクターたちに共感
工藤にかつての自分を思い出させることになる若者・元木は、頑なに空冷ポルシェにこだわり抜いています。自分が乗る993964はもちろん、仕事としてチューニングを引き受けるのも空冷ポルシェだけ。ポルシェ=911、と考える人は多いですが、その中でも彼は空冷911以外は触ることを拒否するという徹底ぶりを見せるのです。
また、工藤自身もGT-Rだけにこだわっています。最初は機械としてより精密に完成された第三世代のGT-R 35R(2007年に発売開始された現行シリーズ)を評価していましたが、自分がショップを開業したころにチューンに熱中していた第二世代(RB26系)の 34Rに対する思い入れを復活させていきます。
楠作品全体に共通することですが、とにかく特定の愛車への執着がスゴくて、主人公だけでなく登場人物のほぼ全てが常に同じクルマ(バイクも)にこだわり、性能面で不利だとわかっていても自分の愛車でライバルに勝つことを願い、実践していきます。愛車への忠誠心、それが楠みちはる先生の作品を楽しみ、理解するうえでもっとも大事なことだと思います。
楠先生は感覚的な作家で、おそらく最終的にこの作品をどうまとめようというような先々のビジョンは持ってないのではないかと思います。それだけに良くも悪くも先が読めない作品です。
我々としては、中途半端な形で終わった『銀灰のスピードスター』がこの『首都高SPL』となって継承されたことを喜びつつも、納得できる形でラストを迎えさせていただけることを強く願ってやみません・・・。(その意味で『あいつとララバイ』の爽やかな終わり方は、エンディングとして何も解決せず何も成就していないながら、読者にとって実に納得できるラストだったように思います)
とはいえ、繰り返しになりますが、楠先生の作品の面白さはストーリーそのものではなく、細部に見られる愛車やその環境へのこだわりの強さ・細かさであり、物語そのものが大雑把だろうがなんだろうが、それでいい、と思うかどうかでのめりこめるかどうかが決まってくると思います。
トーマス的にはこの作品、とっても好きです。
まだ1巻がでたばかりですが、今後の広がりを楽しみにしています。是非みなさんも手にとってお読みください。