いくつになっても恋は恋
その日私は、馴染みのスクラップ屋のバラケンに呼び出され、彼のドヤに出向いていた。
彼がいうには新しい鉄道敷設のために立ち退きを迫られているのだという。ところが、そんな話は私を呼び出す口実に過ぎず、ハタチそこそこの女と結婚すると急にノロケ出す始末。
バラケンの気まぐれは今日に始まったことじゃない、結婚云々も同じことだ。私はそそくさとその場を立ち去って、馴染みの喫茶店へと向かった。
するとそこでも、いつもより色気のある話が私を待っていた。
マスターが言うには、ついさっきまで、サーフショップのクミちゃんがここで私を待っていたと言う。しかも、ここまでバイクで来ていたらしい。
「クミちゃん、バイクで?」
「そっ。赤いバイク」とマスターは表情を変えずに言った。いつもながら無愛想な男だ。
へーっ、免許取ったんだ、と私は言った。
そういえば、こないだサーフショップに寄った時に、免許を取ろうかなとは言っていた。あの日慣れないサーフィンにトライして沖に流された私は、少々気まずくて、あれ以来クミちゃんのショップに顔を出していなかった。
するとマスターはこちらを見ずに、豆を煎りながら「惚れてんのか?」と私に訊いた。「カワイイもんな」
58歳のオヤジとしてはなんとも答えようがない。私は怒ったような顔をして黙っていた。
俺のSR、彼女のオートバイ。
喫茶店を出た私は、早速クミちゃんのサーフショップに向かった。
すると彼女の弟が私を迎え、彼女はいないと言う。「松ちゃんにバイクを見せに行くって言ってたぜ。行きちがいか?」
クミちゃんがいないと分かれば彼に用はない。クミちゃんは赤いバイクで私を探している。
私はたまに修理を手伝っている友人のバイク屋へと向かった。
別にクミちゃんにそれほど会いたいというわけじゃあない。ただ赤いバイクとやらが気になるだけだ。どのメーカーのなんというバイクを買ったのか、気になるだけだ。
バイク屋につくと、友人と、いつもウチにたむろしているゼファー乗りの若造がいたが、クミちゃんはいなかった。
「来てないョ」と友人は怪訝顔で言った。「赤いバイクがなにかあんのかい?」
「なんでもない」
私は自分のはしゃぎぶりが急に恥ずかしくなって、赤らむ顔を見られたくなくて、すぐにヘルメットをかぶると、彼らの視線から逃げるようにSRを走らせた。
もはや住み慣れたドヤにつくと、いつのまにかウチの居候になったリナが、不機嫌な顔で私を迎えた。今の今までクミちゃんが私を待っていて、入れ違いで帰ったという。
いまサーフショップに戻れば会えるだろうとは思ったが、さすがにもうその元気はなかった。
年甲斐もなくはしゃぐ気分は既に醒めて、年齢らしい分別が私を疲れさせていた。
別にクミちゃんに会いたかったわけじゃない。彼女が私を探してくれたのも、バイクの免許をとるきっかけになった私に、自分のバイクを見せたかっただけだろうし、私だって赤いバイクが気になった、それだけだ。
いま私が沈んだ気分になっているのは、別にクミちゃんに会えなかったからというわけではないのだ。
ただ、自分のハシャギっぷりが赤面ものだった、ただそれだけのことさ。
(続く)