1997年のロンドン。一流レコード会社ユニグラムでアーティストの発掘・契約・育成と楽曲の発掘・契約・制作を担当するA&R (アーティスト&レパートリー)部門のマネージャーとして働くスティーブンは、音楽にもアーティストにも全く興味がない。
興味があるのは金儲けだけだ。上司を蹴落とし、必要とあらばライバルを手にかけることも厭わない。
音楽業界の暗部を描いたUKサイコストーリー。主役は僕のお気に入りの俳優の一人であるニコラス・ホルト。
音楽業界が狂ったネオンのように輝いていた時代のクライムサスペンス
次々と結ばれる何百万ポンドの契約。一瞬で動く大金の魔力の中で男たちの感覚は麻痺し、ドラッグや酒、セックスに溺れる日々を送っていた。音楽が、というよりレコード(もしくはCD)が札束と同じ価値を持っていた時代の、狂気に憑かれた男たちの野心と暴走を描く。
主人公のスティーブンは出世欲に塗れた若いA&R。好きな音楽は何かと訊かれたら、金融ディーラーに好きな銘柄を訊くようなものだと嘯く。つまり音楽そのものには興味がない。
将来の夢はと問われれば、ライバルたちを蹴落として、彼らの”女”の嘆きを聞くことだと話す。ただ出世して、金儲けをする。それ以外のことには関心がないし、それ以外のことは無意味だと思っている。醜聞で上司を更迭し、その後釜に同僚が就けば殺してしまう、そこには良心のかけらも痛みもないのだ。
クリスチャン・ベール主演の「アメリカン・サイコ」の音楽業界版のような趣だが、自分より上質の名刺を持っていただけで相手を殺してしまう男(ベール)に比べると、狂ってはいるけれど 目的が明確で上昇志向があるだけ、わかりやすい。
音楽業界で働くことの意味が、いいアーティストと契約して、ウケるレコード(CD)を作って、そして売る、というシンプルな循環であった、そんな時代に生まれた青年の暗い野望を描くクライムサスペンス。
キレた演技がサマになってきたニコラス・ホルト
主人公スティーブンを演じるのはニコラス・ホルトだが、比較的ベビーフェイス役が多かった彼にして、今回は正真正銘の悪党を実に鮮やかに演じている。
スティーブンは強烈な野心の持ち主で計算高いが、実は衝動的で精神的にもひどく脆い。その点も「アメリカン・サイコ」に似ている。
恐ろしく感情的で、激情を抑えきれず、ちょっとしたことでキレる。頭はいいし、出世への執着心も強くて粘り強いのだが、一度野望が潰えると、あとは簡単に奈落に落ちていく。そんな主人公をニコラスははまり役であるかのように演じているのだ。
「アメリカン・サイコ」との違いは、彼が自己破綻し、破滅してはいかない、ということだ。
スティーブンは殺人課の刑事に追われ、彼の罪を嗅ぎつけた女に脅されて、一時はズルズルと落ち込んでいくが、やがて”自分”を取り戻す。瑣末なことは気にせずに、大事なことに集中すればいい、と気づいたからだ。それは、
ヒットを生み出せばそれでいい、ということだ。
その魔法を使えさえすれば、すべてが丸く収まる。パワーの源は欲望、スティーブンはその信奉者であり、そのシンプルな信条に立ち戻ることで再び上昇志向の権化として蘇るのである。