"コカ·コーラ"鈴鹿8耐は2017年に第40回記念大会を迎えます。そこで第1回大会からの歴代優勝マシンを一挙紹介! 今回は、現時点でホンダのV4耐久レーサー最終世代となった最終型のRVF/RC45を紹介いたします!

最強耐久レーサー、RVF/RC45のファイナルバージョン!

画像: 1998年(第21回大会)FIM 世界耐久選手権シリーズ第3戦 "スプライト"鈴鹿8時間耐久ロードレースを走る2台のRVF/RC45。伊藤真一/宇川徹組(33番)と武田雄一/加藤大治郎組(100番)が競り合うが、後者はドライブチェーン切れを原因とするクランクケース破損でリタイアした。ドライ路面の鈴鹿8耐で勝ちたいと語る伊藤真一と宇川徹は、参戦2年目してその目標を達成。V4エンジンにはツインインジェクションが採用され、片持ちのスイングアームは両支持へと変更されている。 オートバイ/モーターマガジン社

1998年(第21回大会)FIM 世界耐久選手権シリーズ第3戦 "スプライト"鈴鹿8時間耐久ロードレースを走る2台のRVF/RC45。伊藤真一/宇川徹組(33番)と武田雄一/加藤大治郎組(100番)が競り合うが、後者はドライブチェーン切れを原因とするクランクケース破損でリタイアした。ドライ路面の鈴鹿8耐で勝ちたいと語る伊藤真一と宇川徹は、参戦2年目してその目標を達成。V4エンジンにはツインインジェクションが採用され、片持ちのスイングアームは両支持へと変更されている。 オートバイ/モーターマガジン社

画像: 1999年(第22回大会)FIM 世界耐久選手権シリーズ第4戦 "スプライト"鈴鹿8時間耐久ロードレースを走るRVF/RC45。2年連続でスプライト鈴鹿8耐としての開催。そしてHonda RVF/RC45にとってはこの年が最終年となり、その花道を飾る立役者となったのは岡田忠之とアレックス・バロスのWGPコンビだった。 www.suzukacircuit.jp

1999年(第22回大会)FIM 世界耐久選手権シリーズ第4戦 "スプライト"鈴鹿8時間耐久ロードレースを走るRVF/RC45。2年連続でスプライト鈴鹿8耐としての開催。そしてHonda RVF/RC45にとってはこの年が最終年となり、その花道を飾る立役者となったのは岡田忠之とアレックス・バロスのWGPコンビだった。

www.suzukacircuit.jp

1997年のRVF/RC45のSBK=世界スーパーバイク世界選手権用は、PGM-FIのインジェクターを1本から2本に増やすことで前年型比約10psアップの180馬力の最高出力を達成。今まで退けられていたドゥカティ1,000ccVツインに一矢を報いるかたちで、ジョン・コシンスキーがRVF/RC45初となるSBKタイトルを獲得しています。

そのノウハウを活かした1998年の鈴鹿8耐車は175psを発揮し、300km/hをゆうに超える最高速を可能にしています。

画像: 片持ちのプロアームをやめ、両持ちのスイングアームを採用したことが、1998年型以降のRVF/RC45の特徴です。またサイレンサーも、左右に1本ずつ出すレイアウトになっています。 オートバイ/モーターマガジン社

片持ちのプロアームをやめ、両持ちのスイングアームを採用したことが、1998年型以降のRVF/RC45の特徴です。またサイレンサーも、左右に1本ずつ出すレイアウトになっています。 オートバイ/モーターマガジン社

画像: 1994〜1999年の間、RVF/RC45は6大会中5勝という、鈴鹿8耐における驚異的な勝率を記録しました。 オートバイ/モーターマガジン社。

1994〜1999年の間、RVF/RC45は6大会中5勝という、鈴鹿8耐における驚異的な勝率を記録しました。 オートバイ/モーターマガジン社。

両持ちスイングアームのRVF/RC45の鈴鹿8耐車を試乗したライダーによると、高速コーナーで強いGがかかる場面で、それまでの片持ちプロアームでは若干リアがよじれる感じがあったが、両持ちスイングアームではその弱点が綺麗になくなった・・・とのことです。またフルバンクから反対側へのフルバンクへ一気にもっていくことができ、挙動の落ち着きを待つことなく、常に積極的に攻められるマシンに仕上がっていた・・・と語ってました。

SBKの舞台で、ドゥカティ1,000ccVツイン相手に750ccV4で戦ううえで、後期のRVF/RC45は運動性を大きなテーマに開発したそうです。最強のV4スプリンターを開発するという不断の取り組みが、鈴鹿8耐用レーサーとしてのRVF/RC45のパフォーマンスアップに結びついた、と言えるのでしょう。

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