清水玲子先生の大傑作 近未来サスペンス。
人の脳を覗くという技術に潜む恐ろしい副作用に苦しむ捜査官たち
ニーチェの言葉「深淵を覗き込むとき、深淵もまたあなたを覗き込む」という言葉がぴったりの本作。残虐な事件の被害者の脳や、殺人者の脳から事件の記憶を映像化すれば、それは非常に悲惨で衝撃的なシーンを見せつけられることはいうまでもありません。
まして、人間の記憶は曖昧で、自分をまさに殺そうとする相手の顔は悪魔のように映っていたり、快楽殺人者の過度に興奮した脳には、まるでLSDでもやっているかのような幻覚が残っていたりします。つまりそれはカメラに残るような正確でキレイな映像ではないのです。
結果として第九の捜査官の多くは、精神的不安定に陥ったり、影響を受けすぎて人格に異常をきたしてしまったりする。第九の存在の正当性を問題視する声が高まるのもやむを得ないというところでしょう。実際、新人 青木の配属前に、ある連続殺人鬼の記憶を覗いた捜査官たちがパニックとなり、発砲事件を起こしてしまう不祥事が起きています。そのとき、部下である鈴木を正当防衛とはいえ、射殺してしまったことが薪の深い心の傷なって残るのですが、鈴木によく似た面影を宿す青木を前にして、薪は動揺を隠せないのです。
恐ろしくも切ない、男たちの戦い
薪が自分を見るときの不可思議な態度に迷いながらも青木は、薪の天才的な頭脳と冷静な物腰と裏腹に垣間見える壊れそうなほど繊細な精神の、危ういバランスに惹かれていきます。
二人の関係は上司と部下のそれを超えはしないまでも、つかず離れず、なにものにも代え難いものになっていくのです。
本作では次から次へと起こる猟奇的な事件の解決に挑む第九の活躍を描きながら、MRT捜査に身を投じることで文字通り身を削っていく彼らの、破綻寸前のギリギリのところで必死に堪える切なくも際どい戦いを、緻密かつ美しく描いています。
大傑作、と言っていいでしょう。