50歳を過ぎ、十分に分別ある大人のつもりだった私だが、勢いで長年勤めてきたテレビ局を辞めてしまった。そのうえ、ふらふらとオートバイで走っているところで見つけた、ほぼ廃墟化していた古いカフェを借りて住み着いている。
これといってやりたい、ということもないのだが、何もしないわけにもいかない。そこでこの歳にして、漫画家を志し、原稿ができては出版社に持ち込んでいるのだが、馴染みの古株から回されたまだ若い女性編集者とは、やけに相性が悪い・・・。今日も久しぶりに作品を持ち込んだところ、けんもほろろに酷評される始末だ。
57歳を怒らす女も大したものだが、むかっ腹を立てる私もまた、やはり大人気ないと言えるだろう・・・。
Mr.バイクBGで大好評連載中の東本昌平先生作『雨はこれから』第14話「逆走の千代ちゃん派」より
デジタル編集 by 楠雅彦@ロレンス編集部
この歳になって、はるか年下の女にダメ出しされる情けなさ・・
久しぶりに原稿を持ち込んでみたものの、担当の女性編集者にはウケが悪いようだ。彼女はざっくり私の原稿を読み通してから、驚くほど無表情で「で!?」と私に問いかけた。
「で?」とは一体どういう意味か?私は戸惑いを隠せず「なにか?」と聞き返した。すると彼女は「あのねェ」と、まるで稼ぎの悪い男に求婚されたかのような態度で苛立ちを私にぶつけた。
彼女がいうには私の作品には希望がない、という。何もおこらないことをダラダラと描いて、これで読者は明日も頑張ろうと思えるわけがない、彼女は吐き捨てるように私に言った。
キボウ?ですか・・・と呆然と繰り返した私は、阿呆のように見えたに違いない。
「そりゃ貴方自身、希望なんてないものねェ」と彼女は呆れるように言い放ったのだ。
ぶつけようのない怒りを抱えてSRで帰宅の途についた私をとんでもないものが待ち構えていた・・
心のそこでどす黒い憎悪と怒りの感情がとぐろを巻いてはいたものの、とりあえず原稿を見てくれたことに対する礼を伝えた私は、できるだけ静かに退席した。
愛車のSRにまたがり、帰宅の途に着いたものの、心のうちは収まらない。怒りのあまり、アクセルを握る手はついついいつもよりも開け気味になる。
相性が悪いと言ってはそれまでだが、自分の父親くらい歳の離れた男を捕まえて、あの言い草はなにか。そして、それにも増して「貴方自身、希望なんてないものね」という彼女の言葉に対して、ムキになって言い返すことができない自分と、その立場に対して、やり場のない怒りと苛立ちを感じていた。
私にとっての希望とはなんだろう。明日のことさえ見えないのに、私に希望なんてあるのか?
あの女性編集者の言葉に、時間が経ってからも言い返す言葉が見つからないことに、私の機嫌はどんどん悪くなる一方だった。
そんなぐるぐる回る思念にとらわれながら走っていた私だったが、見通しの悪いコーナーの出口にとんでもないモノが居座っていることに気づき、急ブレーキをかけた!
それは無人の軽トラだった。道のど真ん中にドアを開けたまま無造作に停められていたのだ。
私は、SRの後輪を思い切り滑らせながらもなんとかぶつからずに停止することに成功したが、もう少しで猛スピードのまま激突するところだった。
命拾いした私は、ため息をつき、持ち主を探したが誰もいない。
希望どころか、すんでのところで人生を終わらせられるところだった。改めて思う。
私にとっての希望とはなんだろうと。