だけど男ってやつは、オンナがいれば生きていける、というわけでもない。スピードやスリルに身を任せて陶酔できるような”何か”が必要なのさ。それは仕事でもいいし、スポーツだっていい。俺の場合は、そいつがオートバイだったというだけ、それだけの話なんだよ。
『RIDE 38 Melting Road』より
今夜会いたいとオンナが言った時。艶かしい笑顔なら大歓迎、妙に真面目な顔の時なら要注意だ。
今日のあいつは後者だった。
案の定、行き付けのバーで落ち合ったものの、不自然な距離を開けて座って、こっちを無言でみつめやがる。そんなときの作法は心得てる。視線を定めず、表情を消して、こっちも無言で返すのさ。
ハイボールが半分水になりかけた頃、しびれを切らして彼女は切り出した。
「アタシとバイクとどっちが大事なのよ」
「ねえ!」
黙って見返した俺に、彼女はたたみかける。
「バイク」と答えれば彼女は怒りを募らせるだろう。「君だよ」と言ったとしても「ウソつきっ」と罵られるだろう。どっちにしても正解はないのさ。
俺はバイクがなければ生きられない。俺にとっちゃ呼吸のようなものだからだ。
同時に、このオンナがいない日々も考えられない。俺にとっては水のような存在だからだ。少し離れていれば、激しい乾きに苦しむのはわかりきっている。
だからどっちを選ぶことなんてできない相談さ。そして、そんな俺の想いを彼女は決して理解してくれはしないだろうこともわかってる。そうして口にしだした、という時点で、ほんとはもうおしまいなのさ。俺にできることは、黙って肩をすくめることだけ、それだけだ。
いつか彼女も答えのない問いを繰り返すことをやめるだろう。そのとき、別れを切り出してくるか、ステイを望むかは分からない。それも彼女次第だ。
俺にわかっていることは、ただ一つ。俺はバイクがなくては生きていけないし、彼女と離れるなんて想像もできないってことだけだ。
選ぶのは彼女。答えを預けて、俺は一人バイクに乗る。それだけの話なんだよ。