最後の愛車となるだろうKAWASAKI 750RS、つまりZII(ゼッツー)。
もはや他のバイクには縁がない、と思うと、他のバイクも気になりだすものだ。ふと、昔のバイク遍歴を思い返すうちに、意外と写真が残っているものが少なく、また記憶の奥で風化しているバイクも多いことに気がついた。そこで古いアルバム(ほぼデジタル以前のものが多い)を引っ張り出して、まとめてみようと思いついた。

1991 - 1994年 :最も愛したモーターサイクル Kawasaki Zephyr 400 C型

社会人になると、忙しさのあまりにオートバイから遠ざかっていた僕だが、会社の後輩が帰省中の高速道路で事故を起こし、右腕を骨折して入院したことをきっかけに、再びオートバイに乗るようになった。
「骨折くらいじゃ降りませんよ」そう言って笑った彼の言葉が僕の背中を押したのだ。

最初は250ccを買ったが、やはり物足りず、すぐにこのゼファーに乗り換えた。このころから既にZIIが欲しかったのだが、しょっちゅう海外出張があった僕には旧車はメンテナンスが大変に思えて、その姿を模した現行車であるゼファーを選んだのだ。

そしてすぐに僕はこのネイキッドに夢中になり、雨でも雪でも乗り回した。やがてパワー不足を感じるようになると、町田のカスタムビルダー Dr.SUDAに依頼し、フルカスタムしてもらった。生活は仕事とバイクを中心に回るようになり、峠にもよく行ったし、名古屋や神戸へとロングツーリングに出るようにもなった。最もバイクとの距離が近かった時期だと思う。

(ちなみに、神戸に行く途中で東本昌平先生の『キリン』に出会った。それがこのロレンスにまでつながる紐の片方の始まりである)

画像: たぶん神戸だ。震災前。

たぶん神戸だ。震災前。

画像: Dr.SUDAのファインチューンメニュー IPTOS STAGE-III。ハンドルバーやミラー、ビキニカウル、レザーシート、オーリンズのサスなどを含めると2台買えるくらいの金をかけていた。

Dr.SUDAのファインチューンメニュー IPTOS STAGE-III。ハンドルバーやミラー、ビキニカウル、レザーシート、オーリンズのサスなどを含めると2台買えるくらいの金をかけていた。

画像: Kawasaki Zephyr 400。

Kawasaki Zephyr 400。

1994 - 1995年:唯一のフルカウル Kawasaki ZZ-R1100

ひまさえあれば乗りたい、せめて触りたいと、狂ったように思い入れたゼファーだったが、94年9月にマレーシアに駐在することになり、泣く泣く手放した。できれば海外輸送したかったが、当時勤務していた商社では、駐在員が交通事情のよくない海外でバイクを乗ることを許可してくれなかったのである。

そこでやむなく、現地で新たにバイクを買い直すことにした僕が選んだのが、当時世界最速を誇ったKawasaki ZZ-R1100だ。もちろんバイクに乗ることは会社には秘密である。

排気量クラス 大型自動二輪車
メーカー 川崎重工業
エンジン 1052cm3
水冷4ストロークDOHC並列4気筒
最高出力 147PS/10500rpm
最大トルク 11.2kg-m/8500rpm

画像: KLにて。腕が今より大分細い。 Kawasaki ZZ-R 1100 C2。当時のマレーシアにいた日本人でバイクに乗っていたのはおそらく僕だけだ。若い日本人、でっかいオートバイに乗っている、それだけでマレーシアの女の子にはよくモテた(笑)。 マレーシア最速だったかもしれないしw

KLにて。腕が今より大分細い。
Kawasaki ZZ-R 1100 C2。当時のマレーシアにいた日本人でバイクに乗っていたのはおそらく僕だけだ。若い日本人、でっかいオートバイに乗っている、それだけでマレーシアの女の子にはよくモテた(笑)。
マレーシア最速だったかもしれないしw

画像: フルメーター 320Km/h。当時世界最速だった。まわりがとにかくジロジロ見る(その辺を走っているバイクは150ccがせいぜい。軽自動車ばかりが走る田舎道をフェラーリで走り回っているようなものだからだ)。だから街中でよく写真を撮ったし、撮られた。

フルメーター 320Km/h。当時世界最速だった。まわりがとにかくジロジロ見る(その辺を走っているバイクは150ccがせいぜい。軽自動車ばかりが走る田舎道をフェラーリで走り回っているようなものだからだ)。だから街中でよく写真を撮ったし、撮られた。

マレーシアは、1990年代でも、フリーウェイは非常によく整備されていた。ニケツでメーター読み230キロ出したこともあるが、道はいいし、バイクはまるでレールの上を走っているように安定していた。フリーウェイに乗ってかっきり5秒で200キロ。本当に速くてパワフルなバイクだった。
(もはや時効であるうえに海外での話だ。日本国内では完璧に法定速度遵守の模範ライダーなので、誤解なきよう!)

所有欲を満たしてくれる、非常にいいバイクだったが、あるとき立ちゴケて脚を折りそうになったことをきっかけに、次のバイクに買い直すことになった。今は知らないが、当時のKLは、フリーウェイこそ快適に整備されていたが、街中の普通の通りは穴ぼこだらけで、よく注意して走らないと、ズッポリはまって事故らないとも限らなかった。
たまたま狭い路地で停まって、左足を下ろしたら、ちょうどそこに深い穴が空いていて、足をとられてこけたのだ・・・。

ZZ-Rはそのまま入院し、えらく高い修理費を払うかわりに、僕はZZ-Rを下取りしてもらって次のバイクに買い換えた。それは次回に続かせていただこう。

(続く)

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