先日、「モーターサイクル動物園? その1 英車編」という記事を書いた後、しばらく「何か書き忘れた動物名由来のモーターサイクル名あったよな・・・」と、しばらくモヤモヤしておりました。あ! そういえば、これ忘れてた! と思い出したのが、「コーギー」という名のヘンテコモーターサイクルです。
名前はカワイイですが、そのルーツは第二次世界大戦の兵器にありました。
戦争に勝利はしたものの激戦で疲弊した英国にとって、戦後の復興は困難な道のりでありました。そんな英国の戦後復興の「足」としてコーギーは愛用され、27050台が製造販売されたと言われています。ユーモラスかつ愛らしいルックスを持つコーギーですが、じつは1942〜1945年の間に、兵器として生産されたエキセルシャー・ウェルバイクをルーツとしていたのです。
英国の「ステーションⅨ」という、SOE(特殊作戦執行部)の開発チームの下で企画されたウェルバイクは、空挺部隊のパラシュート兵の地上での「足」になることを目的にした乗り物でした。航空機からパラシュート兵を降下させるとともに、ケースに収めたウェルバイクを投下。着地したら、ケースからウェルバイクを取り出し、速やかに組み立てる・・・。徒歩で移動するよりも、ウェルバイクに乗って移動する方が、はるかに機動力に優れる・・・という算段でした。
ノルマンディー上陸作戦にも使われたみたいですが・・・。
3600台余が生産されたウェルバイクですが、結果から言えばその兵器としての有用性は???でした。パラシュート兵の機動力を強化する・・・というコンセプトは良かったと思いますが、当時の欧州の戦場は都市部を除けばほとんど足場は泥々・・・というのが実情でした。ビリアース製2ストローク98ccの非力なエンジン、そして前後に履く小径タイヤ・・・およそ不整地の走破能力に優れているとは言えないウェルバイクは、実際はパラシュート兵の「足手まとい」だったようです。つまり、不整地で役に立たないウェルバイクの車上で難儀するくらいなら、自分の足で移動したほうがマシ・・・ということです。
じつはウェルバイクよりも大きな排気量(126cc)で、同じようなコンセプトのモーターサイクルが、当時のロイヤル・エンフィールド社でも開発されていました。WD/WE「フライング・フリー」というモデルは、ウェルバイクよりはパワフルでホイールも大きく、不整地で実用的だった・・・と言われてます(なおフリーとは虫の、蚤のことです)。ちなみにパラシュート兵の「足」としての投下用モーターサイクルは、英国軍だけでなくイタリア、ドイツ、そしてアメリカ軍でも開発していたそうです。
優れた兵器になれないことは、恥ずべきことではない・・・と思うのです。
軽量コンパクトにこだわったのは良いことなのでしょうが、戦場の荒地では走破性不足だったウェルバイクは、兵器としては「企画倒れ」だったと言えましょう。まぁ、ウェルバイクに限らず、兵器としてのモーターサイクルなどの2輪車は大したことのないもの・・・というのが現代の常識です。戦中はドイツ軍のBMW R75サイドカーなど、様々な種類が開発された軍用モーターサイクルですが、実戦の場で4輪ジープの圧倒的な軍用車両としての優秀さが実証された後には、すっかり開発対象としてはマイナーな存在となってしまいました。現代では、斥候用のモーターサイクルが各国の軍隊でわずかに残っているのが実情です。
ある意味、戦争用の兵器というジャンルにおける「文明」の利器として、モーターサイクルは失格の烙印を押されたのが第二次世界大戦期でした。もっとも優れた兵器にならないことは、モーターサイクルを愛する人にとって、嘆くことではないと思います。人の役に立つ(たとえそれが戦争でも)モノを「文明」寄りと定義し、人の役に立つかはわからないけど、人生を豊かに彩るモノを「文化」寄りと定義した場合、一部のコミューターを除くモーターサイクルは明らかに後者に属するモノなのではないでしょうか? この仮説の是非はともあれ、平和な時代だからこそ私たちは趣味としてのモーターサイクルを楽しめる・・・のは確かです。