モトGPも開幕間近で、テストの情報も色々入ってくるようになりました。今年も王者M.マルケス(ホンダ)が暴れまくるのか? それともV.ロッシ&J.ロレンソのヤマハファクトリー勢がストップをかけるのか? そしてドゥカティや参戦再開のスズキ、そのほかのサテライト勢、そして新規参戦ライダーたちの勢力地図はどうなるのか・・・最高峰の覇権をかけた戦いに対する興味は尽きることがないですね。
量産車とは桁違いの製作時間
そんなこの頃、アメリカが世界に誇る超一流誌、「CYCLE WORLD」のコラムに面白い記事を見つけました。なんでも記事によると、ヤマハのファクトリーマシンである「YZR-M1」の主要部品であるクランクシャフトは、製造に12〜15週間もの時間がかかるそうです! 3ヶ月以上・・・量産車ならばクランクシャフトと言わず、完成車が一体何台作れるのか、という長時間です(写真は2011年型ヤマハYZR-M1エンジンです)。
出典:http://static.blogo.it/motosblog/6/66b/
何故にクランクシャフト1本を作るのに、そんなに時間がかかるのでしょうか? それには当然ちゃんとした理由がありました。まずYZR-M1の一体型クランクシャフトは、合金の塊から作られます。塊をクランクシャフトの形にするのはわずか1日で済むそうですが、そのほかの作業に要する時間が非常に長いのです。
クランクシャフトの耐久性を向上するための、合金の残留応力や不純物を取り除く長時間の各種熱処理。そして機械加工、ショットピーニングや窒化などの処理、そしてジャーナル部の真円度を高める加工・・・などなど、量産車とはケタ違いの手間をかけて、YZR-M1のクランクシャフトは完成するのです(写真は量産車の2009年型YZF-R1のクランクシャフト及びコンロッドとピストンです)。
出典:http://www.yamaha-motor.com.au/
YZR-M1用のコンロッド・ビッグエンドとジャーナル部の真円度は、極限まで追求されます。近年は、低粘度のオイルを使って出力の低減を最小限に抑えるのがモトGPのトレンドです。コンロッドとビッグエンド間の油膜が最小2ミクロン以下なのが近年の量産車ですが、YZR-M1エンジンではさらにシビアに金属同士の摩擦を抑えるため、可能な限りジャーナルなどの表面の荒さを取ることを追求しています。
こうして、12〜15週間かけて作られたYZR-M1のクランクシャフトの耐用距離は、1000〜1500マイル(約1609〜2414km)くらいとのことです。なぜ、こんなに手間暇をかけるようになったのかは、モトGPを管理する団体「ドルナ」が、各ファクトリーチームに年間5機のエンジン使用制限を強いたことが原因と言えます。ちなみにエンジン年間5機制限ルールが導入される以前のクランクシャフトの耐用距離は、150〜300マイル(約241〜483km)だったそうです。
エンジン年間5機ルールが、エンジンの作り方を変えた
そもそも「ファクトリーオプション」に課された年間エンジン5機制限は、多数のモトGP用エンジンを開発・製造するために要するコストを抑制することで、より多くのチームとメーカーが参戦しやすい環境を作ることが目的で導入されました。しかし「モビスター・ヤマハ」や「レプソル・ホンダ」といった使用数制限ルールが適用されるファクトリーチームは、戦闘力を落とすことなく耐久性に富んだエンジンを作るために、このYZR-M1のクランクシャフトに代表されるような、手間暇とコストをかけたエンジンパーツ作りに注力するようになったわけです(写真は2015年型ヤマハYZR-M1)。
出典:http://www.yamahamotogp.com/
年間エンジン5機でチャンピオンシップを勝ち抜くために必要な耐久性を得るには、コストと時間をふんだんにかけ、さらに高度な設計と金属加工・冶金技術の確立が必要なことを、YZR-M1のクランクシャフトは雄弁に物語っています。エンジンを数多く作るコストの代わりに、1機の製造にかけるコストを増やした・・・。実のところ年間エンジン5機制限というファクトリーチームへの足枷は、ドルナの目論見どおりのコスト抑制にはつながらなかった・・・と言えるのでしょう。
いやぁ、最高峰ロードレーサー開発はいつの時代も、レギュレーションの規制と作り手の開発魂のいたちごっこですね。ともあれ、今年のモトGPもどのような展開になるのか楽しみです。