英国を代表する2輪メーカーであるトライアンフは今、英国のスペシャリストや大学、そして政府機関などと協力して電動バイクを生み出すプロジェクトを推し進めています。第二次世界大戦後はアメリカなどへの輸出で多くの外貨を英国にもたらしたトライアンフですが、電動バイク時代が訪れるであろう近い将来、トライアンフTE-1は再び英国に"富"をもたらすことはできるのでしょうか?

英国政府が資金提供!

「トライアンフTE-1」というプロジェクトは、そもそも2019年5月にスタートした4つの組織によるコラボ計画です。また英国政府のBEIS=ビジネス、エネルギーおよび産業戦略省と、OLEV=ロー・エミッション・ビークル局が資金提供を行なっている、いわば官民共同のプロジェクトでもあります。

4つの組織とは、皆さんおなじみの2輪メーカーのトライアンフ、4輪フォーミュラeにバッテリーを供給するWAE=ウィリアムズ・アドバンスト・エンジニアリング、電気モーターとSiC(炭化ケイ素)インバーターの開発を担当するインテグラル・パワートレイン社、そしてウォーリック大学のWMG=ウォーリック・マニュファクチャリング・グループ(学界と商業の協力機関)です。

これらは、プロジェクト・トライアンフTE-1に参画する4つの組織のロゴです。

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プロジェクト「トライアンフTE-1」の目的は3つあります。それは、1:環境への影響が少ない乗り物を求めるライダーが欲する電動バイクの開発、2:英国産業界と製造業者による、商業的に可能なパートナーシップの確立、3:英国の労働力でスキルと能力を構築し、雇用と人材基盤を創出すること・・・です。

幸いにも英国には、電動の乗り物に関する優れた技術の蓄積がすでにあります。英国オックスフォードシャーのバンベリーは、英国の4輪F1関連の製造業者が集うエリアとして有名ですが、2009年からF1にKERS(キネティック・エナジー-リカバリー・システム)が導入されて以来、今までの10年余の期間は内燃機関のみならず電気モーターやそれに関連する電気技術についても、このエリアは最先端開発の場となっています。

モータースポーツで培った技術が商品としての量産車造りにフィードバックされ、量産車のさまざまな性能の向上に寄与したのは多くの知るところです。その点で英国は、電動バイクの開発でアドバンテージを得ていると言えるかもしれません。

2014年にスタートしたフォーミュラeの第1世代車、スパーク・ルノーSRT_01 E。この車両のバッテリーシステムを担当したのはWAE(ウィリアムズ・アドバンスト・エンジニアリング)でした。なお2022-2023年シーズンからの第3世代車のバッテリーシステムも、再びWAEが担うことになっています。

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英国F1業界が培ったテクノロジーを活用!

電動バイクの主要コンポーネントのひとつ、電気モーターはインテグラル・パワートレイン社のe-ドライブ部門が担当しています。電気モーターは抵抗損失が熱となりますが、高熱になり過ぎたときにモーターが冷えるまで、自動的にパワーを落とす回路が電動バイクには必要になります。なるべくパワーを落とすことなくモーターを高熱にしないためには、内燃機関と同じように液冷を採用するのが有効で、トライアンフTE-1も液冷式モーターを採用しています。

インテグラル・パワートレイン社のe-ドライブ部門が開発した、トライアンフTE-1用モーター。液冷モーターとインバータが統合された構造で、重量はわずか16kgにおさまっています。なおピーク電力は130kW≒176.75psです!

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高出力モーターには高電流が必要になりますが、トライアンフTE-1用モーターに組み合わされるインバータにはSiC(炭化ケイ素)半導体スイッチングという技術が使われています。この技術は従来のIGBT(トランジスタベース)シリコンのスイッチング技術よりも、高い電源効率を実現しています。またSiC半導体スイッチングは、損失を低減することで航続距離を伸ばすこと、そして電気モーターのトルクを細かく迅速に調整することを可能にしています。

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名門F1チームであるウイリアムズを母体に生まれた企業・・・WAEは、トライアンフTE-1に「アダプティブ・マルチ-ケム・テクノロジー」を提供します。アダプティブ? なんのコッチャな名称ですが、これはつまり2つの異なる化学的性質のリチウムイオン電池を用い、エネルギー管理システムを組み合わせることでバッテリーのエネルギー密度を高める先端技術です。

電解液を使用しない全個体電池など、近い将来の電動自動車やバイクに最適なバッテリーは? という議論にはさまざまな意見があります。しかし現状では未だ、リチウムイオン電池が第一の選択肢になっています。

もっともリチウムイオン電池とひと言で言っても、リチウムイオン電池にはさまざまな種類が存在します。WAEはソコに着目し、「アダプティブ・マルチ-ケム・テクノロジー」を開発しています。つまり、性質の異なる2種類のリチウムイオン電池を使うことで、両者のいいとこ取りとしてトライアンフTE-1のパフォーマンスを向上させることを狙ったわけです。

トライアンフTE-1のイメージイラスト。スタイリングとしては、ストリートファイター的にまとめられています。

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つまり、携帯電話用リチウムイオン電池のような高エネルギー密度をもつタイプ、そして電動インパクトレンチ用リチウムイオン電池など高アンペア数を出せるタイプ・・・これら2つの種類の電池を分離搭載しつつ、両者をDC/DCコンバータで高度に制御する仕組みになっているのです。

なおトライアンフのこのプロジェクトでの役割は、言うまでもなくTE-1を"ちゃんとした"電動バイクに仕上げることです。またWMG=ウォーリック・マニュファクチャリング・グループは、将来の市場ニーズに基づいたモデリングとシミュレーションを行い、電化の専門知識、研究開発、そしてイノベーションを推進するための重要なビジョンをプロジェクトに提供するのが、その役割になっています。

TE-1により、トライアンフは再び英国に貢献できるのでしょうか?

昔話ではありますが・・・第二次世界大戦が終結したころ、英国は戦勝国ではありましたが戦争によるダメージは小さくなく、経済的苦境に陥ることになってしまいました。そこで英国政府は経済振興のため、自国の2輪製造業者たちに外貨獲得のため輸出市場に力を入れることを求めました。

戦後からしばらくの時代、世界最大の2輪消費地はアメリカでした。当時コベントリーを本拠としていたトライアンフは英国政府の期待に応え、アメリカの若者たちを夢中にさせる傑作500/650ccツインを彼の地向けに大量製造販売し、経済的に英国に大貢献することになりました。

1960年代初期・・・エンジンとギアボックスが別体だったころのトライアンフT120ボンネビル(空冷4ストローク2気筒OHV2バルブ650cc)。トライアンフツインは1960年代後半、ネジ規格を英インチから米インチに切り替え製造するようになりますが、ある意味これらトライアンフツインは、アメリカのユーザーたちのためにアメリカナイズされた英国車だった、と言えるでしょう。

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環境問題が深刻化した2020年代の今、世界各国のメーカーは電動をはじめとするゼロエミッション車の開発を急務として取り組んでいますが、経済的防衛・・・自国産業を守るためにその取り組みを政府がサポートするのは珍しいことではありません。トライアンフTE-1も、そんなプロジェクトのひとつです。

ただ英国の場合、第二次世界大戦後のころとは異なり、すっかり国内の製造業の数が減ってしまっています。ヒンクリーを本拠とするトライアンフもタイに生産拠点を作っているように、今もこれからも「世界の工場」として東南アジアの地位は揺るぐことはないでしょうから、雇用創出などで英国製造業を盛り立てるという効果は、あまりトライアンフTE-1には期待できないでしょう。

しかし、インフラを含めた電動バイクの運用モデル作りや電動バイクの典型となる各種技術を、英国がトライアンフTE-1開発をとおして確立ことができれば、それは大きな将来的に大きな経済効果を英国にもたらすことが期待できます。

トライアンフTE-1の充電イメージ。プロジェクトのフェーズ2では、英国自動車評議会が設定した2025年の目標を上回る質量のバッテリー技術、およびパワートレイン性能の大幅な革新が、テストで認められたそうです。

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先日、ホンダ、ヤマハ、KTM、ピアッジオが、電動バイクなどに使う交換式バッテリーのコンソーシアムを設立することをお伝えしましたが、日欧の大メーカーによる協業のニュースに続いて、英国の雄であるトライアンフが着々と電動バイク開発のあゆみを進めていることをみなさんにお知らせすることになりました。今後はより、電動バイクの「熱い」話題が増えてくるような予感がします!?

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ともあれ? トライアンフTE-1の最終フェーズは「4」とのことで、その内のフェーズ2までが無事に完了したわけです。残りのフェーズは半分・・・ということですが、次の発表では完成車としてのTE-1の走る姿とか見ることができるのでしょうか? 楽しみに待ちたいです!