長年優れたスポーツモデルを送り続けてきたドゥカティが、同社の"看板技術"ともいえる強制開閉弁機構・・・"デスモドロミック"を採用しないV4エンジンを、ニューモデルのムルティストラーダV4用に開発しました!! なぜゆえにドゥカティは、あえてバルブスプリングを備えたV4エンジンを作ったのか・・・? 考えてみました!

ドゥカティのブランドイメージを高めた、デスモドロミック機構とは?

そもそもデスモドロミックは、ギリシャ語のデスモス(=つなぐ、の意味)とドロモス(=道、の意味)を語源としています。今よりもはるかにバルブスプリング材の信頼性が低かった時代・・・第二次世界大戦〜戦後間もない時代は、高回転・高出力を狙ったエンジン設計をした場合、バルブスプリングの破損が大きなネックとなることが多かったのです。

1956年に、ファビオ・タリオーニ技師がドゥカティ初のデスモドロミック採用車である125GPを完成させて以来、ドゥカティは多くの競技用モデルにデスモドロミックを与え続けました。それは今日のMotoGPマシン、デスモセディッチも同様です。

2020年シーズンのMotoGPを戦う、ドゥカティファクトリーの2台。04番のアンドレア・ドヴィツィオーゾと9番のダニロ・ペトルッチは、10月18日時点でそれぞれ1勝ずつを記録しています。

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1956年のデビュー以来、もっぱら競技用に研さんされたドゥカティのデスモドロミック技術ですが、1960年代末から量産公道市販車にもフィードバックされることになり、1970年代からの主力製品である90度Vツインマシンの多くにも、デスモドロミックは採用され続けることになりました。

あえて、デスモドロミックを採用しない理由とは?

1980年のパンタ500SL以降は、デスモドロミック採用車がラインアップのメインとなる傾向が一層強まったこともあり、バイクファンの間でのドゥカティ=デスモドロミックのイメージがより強固になっていくことになります。

1980年のドゥカティパンタ500SLのカタログ。べべルギア式OHCだった旧型に代わる新機軸として、F.タリオーニ技師は軽量コンパクトなコグドベルト駆動OHCの、デスモドロミックVツインエンジンを開発。この基本設計は長年にわたり、後継機種に受け継がれることになりました。

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日本製4気筒のオルタナティブとしてのスポーツバイクのあり方・・・ドゥカティはマン島TTのF2やアメリカを中心としたBOTTイベント(2気筒車によるロードレース)の分野で、1980年代をとおして大活躍します。そして、1988年に成立した公道車ベースのロードレースであるSBK=世界スーパーバイク選手権では、ドゥカティのデスモドロミック機構搭載車が初年度から今日に至るまで、常にタイトル争いの中心的な役割を担い続けていることは周知のとおりです。

2007年のプレシーズンテストで、ドゥカティ デスモセディチGP7を走らせるケーシー・ストーナー。この年彼は、1974年のフィル・リード+MVアグスタ500以来となる、日本製バイク以外のGP最高峰クラスのチャンピオンに輝くことになりました。もちろん同車にはデスモセディチという車名が示すとおり、強制開閉弁機構=デスモドロミックが採用されています。

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MotoGPマシンも、一般人が手にすることができる公道用量産市販車も同じデスモドロミックを採用していることは、ドゥカティの大きなコマーシャル上のアドバンテージのひとつです。しかし、新たに市場へ投入するムルティストラーダV4用エンジン=V4グランツーリスモは、デスモドロミックを採用しないことを選びました。

一番の"売れ線"である、ムルティストラーダ系に最も適したV4エンジン!?

多くの人にとってドゥカティのイメージは、優れたロードレーサーや公道用スポーツバイクを作るメーカー・・・でしょう。しかし、近年最もセールス面で同社に貢献している"売れ線"は、昨今の大型アドベンチャーブームの一翼を担うムルティストラーダ・シリーズなのです。

2019年、世界中で販売された5万3,183台のドゥカティの内、最も多くの台数を売り上げたのは、ツアラーのムルティストラーダ・シリーズでした。シリーズ合計の販売台数は12,160台と全体の1/4弱を占めていますが、この数字はいかにムルティストラーダ・シリーズが、世界90ヶ国のユーザーたちから熱烈に支持されているかの証と言えるでしょう。

慣例に従いスーパースポーツのV4系はデスモドロミックを採用しましたが、ムルティストラーダのV4版に搭載するエンジン=V4グランツーリスモは、ユーザー層のニーズに応える仕様でなければいけない、とドゥカティ首脳陣は考えたのでしょう。

ムルティストラーダV4に搭載される90度V型4気筒"V4グランツーリスモ"・・・。170馬力の最高出力と12.7kgmの最大トルク、という強心臓ぶりは、ライバルメーカーの大型アドベンチャーモデル群に対する大きなアドバンテージと言えるでしょう。もちろん、ユーロ5規制にも対応しています。

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新開発の"V4グランツーリスモ"は、1,158ccの排気量から最高出力170馬力・最大トルク12,7kgmを発生。90度V型4気筒でありながら、それまでのムルティストラーダ系最大排気量のV型2気筒のテスタストレッタDVTユニットよりも1.2kg軽く、機関寸法も大幅にコンパクト化されています。

左が新型"グランツーリスモ"90度V4エンジン、右がテスタストレッタV2エンジンです。そのサイズ差は、一目瞭然でしょう。数値としては、V2比で機関全長を85mm短縮し、全高を85mm低くしています。一方全幅だけはV2より増加していますが、増えたのはわずか20mm・・・に抑えられています。

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このエンジンのコンパクトさは、車格が大柄になりがちな大排気量アドベンチャーに搭載するエンジンということを考えると、レイアウト的に大きなメリットと言えます。なおクランクシャフトのクランクピン位置が70度位相で、0、90、290、380度の"ツインパルス"点火タイミングになっていることから、この"V4グランツーリスモ"はすでに市場に投入され高い評価を受けている、パニガーレV4系の技術をベースに開発されていることがわかります。

なぜ、"V4グランツーリスモ"は伝統のデスモドロミックを採用しなかったのでしょうか? 一番の理由と思われるのは、バルブクリアランス調整サイクルを長く設定したかったから・・・でしょう。吸気・排気バルブをカムシャフトで強制開閉するデスモドロミックは、バルブクリアランス調整が性能維持のためには肝要です。

"V4グランツーリスモ"のバルブトレイン構成パーツ群。見慣れたパーツであるバルブスプリングの存在が、なんだかとっても新鮮に思えてしまいますね・・・。クランクシャフトは逆回転タイプで、ドゥカティが2015年型MotoGP用デスモセディッチから採用した技術のフィードバックのひとつです。

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パニガーレV4系のエンジン・・・"デスモセディチ・ストラダーレ"のバルブクリアランス調整期間は24,000kmごと・・・ですが、"V4グランツーリスモ"はそれよりもはるかに長い60,000kmという設定になっています。おおよそ地球を1.5周する距離・・・ですね。

世界中の大型アドベンチャーのユーザーが、主な用途として愛車とのツーリングを楽しんでいる実情を考えると、バルブクリアランス調整期間が短めとなるデスモドロミックを採用するより、長めの調整期間を与えることができる一般的なバルブスプリング方式の方がユーザーの利益になる・・・とドゥカティは考えたのでしょう。

"グランツーリスモ"のDOHCレイアウト。ポリダインカムシャフトを採用し、10,500rpmのリミットまでバルブフロートの心配なく回せます。カムロブとバルブステムの間には、フィンガーフォロワーを採用しています。

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またオイル交換サイクルについても"V4グランツーリスモ"は、15,000kmまたは2年!! と長く設定されています。これも長距離走行を楽しみたいライダーにとっては、コスト的にも嬉しい点です。

デスモドロミックこそ採用していませんが、170馬力を発生する新しいムルティストラーダV4のパフォーマンスに不満を覚える人は、まずいないと思われます。それよりも大型アドベンチャーを走らせることを楽しみたい、将来のユーザーの利益を大事にするというスタンスは、多くの人に評価されると思います。

大型アドベンチャーモデルの、クラス最強出力を持つムルティストラーダV4に関しては、構成部品が多くなるデスモドロミックを採用しないことによるコストカットもまた、メーカーとユーザー両者の利益になると言えるでしょう。一体、実際に走らせてみてムルティストラーダV4はどれくらいスゴイのでしょうか・・・? 日本上陸を楽しみに待ちましょう!

V4 Granturismo: Technological Beauty

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