1949年からの世界ロードレースGP(現MotoGP)の歴史のなかでは、僅差の1点差、または同ポイントでタイトルの行方が決まったシーズンが幾度かありました。そんな熱戦譜を今回はキャリアで2度も大接戦を演じたアンヘル・ニエトの1969年と1972年シーズンを振り返ります。

1ポイント差での決着!

1962年から世界選手権としてスタートした50ccクラスは、スズキとホンダがタイトル争いを支配するシーズンが続いた階級でした。しかし、ホンダは1966年限りで撤退。そしてスズキが1968年に2ストローク水冷2気筒のファクトリーマシン(RK67)を王者ハンス・ゲオルグ・アンシャイトに貸与したシーズンが終わると、一転してこのクラスは欧州メーカーと欧州人ライダーが競い合う階級に変貌することになります。

1964年から、母国スペインのマシンである2ストローク単気筒のデルビでGPを戦ってきたアンヘル・ニエトは、1969年シーズンの50ccクラスをアルト・トールセン(クライドラー)と争うことになります。トールセンは3勝で3位4回で75ポイントを獲得。一方ニエトは2勝と勝利数では劣るものの2位3回と3位1回で76ポイントを得ており、わずか1ポイントの差でキャリア通算13度となるタイトル獲得の、最初の王冠を手中におさめることになりました。

1969年、ネーションズGP(イモラ)50ccクラスでデルビ50を走らせるA.ニエト。

合計タイムわずか「21秒32」の差で決まったタイトルの行方!

1972年の50ccクラスは、デルビに乗るニエトとファン・フィーン・クライドラーに乗るオランダのヤン・デ・フリースの間で、激しいタイトル争いが繰り広げられることになりました。

最終戦は、デ・フリースがポイントでリードして迎えることになりましたが、最終決戦の舞台はスペインでした。地元の英雄への大声援に、ニエトは見事優勝で応えました。その結果、両者の優勝回数3、獲得ポイントは69で並ぶことになりました!

1968年250ccクラスのフィル・リードとビル・アイビー(ともにヤマハ)同様、ニエトとデ・フリースの勝敗は両者が完走した5つのGPの合計タイム差で決められることになりました。その結果、ニエトは2時間27分26.29秒、一方デ・フリースは2時間27分47.61秒・・・わずか21.32秒! の差で、王冠はニエトのものになったのです!

1972年ダッチTT50ccクラスのバトル! 2番が優勝のA.ニエト(デルビ)。1番がJ.デ・フリース(ファン・フィーン・クライドラー)です。2位続きだったニエトにとっては、50ccクラスシーズン初優勝となったレースでした。

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1972年、ダッチTTで優勝したA.ニエト。ニエトはこの年125ccクラスも王座に就き、ダブルタイトル獲得となりました。

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こちらの動画は、1972年のスペインGPでのニエトの活躍をおさめたものです。当時のGPパドックの様子も映し出された興味深い映像なので、ぜひご覧になってください。なお過去記事でも報じましたが、小排気量クラスで大活躍したスペインの英雄は、残念ながら昨年亡くなっております・・・。

GP. España 1972. Comentado por Angel Nieto.

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