東本先生の「キリン」第1部の「POINT OF RETURN」編にも登場する、佐藤信哉さんによるアウトバーンアタック。今回は、東本昌平先生監修のモーターサイクルムックマガジン RIDE3に掲載された、その挑戦をご紹介します。

©東本昌平先生/モーターマガジン社

佐藤信哉さんは、Mr.Bike誌のメインテスターも務めたストリートアタッカー。
1987年、ある暑い日の昼下がり。会議室での雑談中に佐藤さんが発したひとことからはじまったその計画は、今なお語り継がれることとなります。

舞台はアウトバーン。「オーバー300km/hプロジェクト」

アウトバーンとは、1933年に軍事用の高速道路として、アドルフ・ヒットラーによりドイツにて計画され、その後延長し続けてきた路線。速度無制限道路として有名ですが、すべての区間がそうであるわけではなく、制限付きの路線もあります。(89年当時は、路線全体の約20%が制限付きだったそうですが、現在はさらに規制が進んでいます。)

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時速250-260kmが市販バイクの最高速の限界とされていた当時、時速300kmなど考えられない話でした。しかしながら佐藤さんは「やってみなきゃ、わからねぇじゃんか」と言い放ち、 「オーバー300km/hプロジェクト」 は始動したのです。

3つの条件

そのプロジェクトに使用されたのは、89年型GSX-R750R。
F1クラス制覇を目的に、限定で500台(国内)のみ生産されたという、スペシャル・バージョンのそのマシンをベースに、時速300kmを超える"モンスター"を仕上げていきます。
そこで、佐藤さんは"モンスター"を作り出すにあたり、制作チームに3つの条件を提示しました。原文のままご紹介します。

1. 時速300kmを出さんが為に奇怪な外観を有したり、また、パワーを追求するあまり一般路を走るにあたって劣悪な特性とは決してならないストリート・モデルであること。
2. ターボやスーパーチャージャー等の、いわゆる特別な付加価値を一切用いず、そのエンジン本来のポテンシャルのみで、あくまで勝負すること。
この基本的な2点に加えて、そして更にーー
3. いかなる場合においても、こちら側が決定的なミスを犯さない限り、絶対に壊れないこと。
ーーを加えた、ようするに、馬力と、それがもたらす図抜けた最高速以外は、オレ達が日頃乗り回している市販のオートバイと外観的にも、取り扱い的にも、そして耐久性にも、何ら変わりがあってはならない、というものであった。
(RIDE3「GOD SPEED AREA」より抜粋)

この条件は、制作側にとっては厳しい課題でした。ただF1仕様に仕立てるのとはわけが違うためです。しかし佐藤さんはこの条件を譲ることはありませんでした。理由はシンプル、 「オレはオートバイ乗りであり、記録挑戦者ではないから」

いざ、アウトバーンへ

マシンが完成し、佐藤さんがドイツ・フランクフルトに降り立ったのは1989年9月1日。空輸されたマシンに跨り、アウトバーンへと入り込みます。
そこは一番左のパッシング・レーンでは時速200km前後で車両がブッ飛んでいる世界。佐藤さんは、序盤は飛ばさずに、路線の状態や現地ドライバーの行動パターンの把握に徹します。徐々に状況を掴みはじめた佐藤さんは、一番左の最速レーンを時速100kmほどの"低速"で走りました。

独自の緻密な計算を終えた佐藤さんは、いよいよ本番へ挑みます。

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佐藤さんによると、オートバイは性能に関わらず、完全なカウルがない限り、まず時速200kmあたりでライダーは空気の壁に突入するのだそうです。そして、それと同じような壁の存在を、時速270km-280kmあたりで再度強烈に体感するのだとか。
さらに、オートバイは4輪よりも視界も悪く、シールドには高速で叩き潰された虫が張り付くといいますから、より冷静な判断が求められるでしょう。

かくして時速290kmまで達した佐藤さんとGSX-R750R。
そして、ついに迎えた時速300kmの世界。佐藤さんはこのように表現しています。

不思議な事に、あまり感動はしていなかった。しなかったというよりは、完全にその迫力に飲まれていた。とにかく、その速さといったらもう、メチャクチャ以外の何モノでもないのだ。感動もヘッタクレもあるか、と思っていた。
ノドが圧迫され、顔がむくんで来るほどのすさまじい力でヘルメットが吸い上げられ、アゴヒモがこれでもか、これでもか、と喰い込んでくる。
大音響で、風切り音が脳の中まで潜り込んでくる。
レシプロエンジンの音というよりも、バイオリンのそれに近いような金切り声を立ててエンジンが唸りまくる。
(中略)
オレは「GOD・SPEED!」と叫んでいた。
(RIDE3「GOD SPEED AREA」より抜粋)

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強者たちの夢

時速300kmなんて、わたしにとっては想像してもしきれない世界ですが、佐藤さんのリアルな文章を拝見していると、ゾクゾクする反面、なんだかワクワクして、味わってみたくなるような不思議な気持ちにさせられました。

ぜひご本人執筆による原文のすべてを、ご覧いただきたいとおもいます。