ヤマハPASに使われている"磁歪(じわい)式トルクセンサー"って何!?
4輪車でおなじみの「パワステ」の歴史は古く、ステアリング操作を機械の力でアシストする技術は自動車発明期の19世紀にはすでに考案されていました。私たちに馴染み深い乗用車への本格普及がスタートしたのは第二次世界大戦後の1950年代からであり、すっかりこの技術が普及しきったといえる今日では、ノーアシストの「重ステ」は遠い昔のハナシになった観があります。
さて、ヤマハがファクトリーモトクロス車両に採用した「EPS」ですが、上述の4輪車のパワステがステアリング操作に必要な力をアシストすることが主な役割なのに対し、EPSは2輪車を意のままに操る楽しさや、自然の中を駆け抜けるツーリングの喜び・・・など、「2輪の楽しさ」をより増幅させることを主な役割とする支援技術であり、機構的にもコンセプト的にも4輪用パワステとは「誕生の背景」が全く異なるメカニズムなのです。
一般的な4輪用パワステとEPSの機構的に全く異なる点のひとつが、「磁歪(じわい)効果」を利用する"磁歪式トルクセンサー"を採用することです。多くの4輪用パワステはステアリングを切ったときの"ねじれ"をトーションバーを使って検出し、油圧や電気の力で操作をアシストする機構を採用していますが、EPSの磁歪式トルクセンサーは機械的な接触なしに、ステアリングを切ったときのトルクを検出することを可能としています。
磁歪効果とは、ある種の磁性体が持つ、磁場を印加する(※電気回路に電源や別の回路から電圧や信号を与える)ことで長さが変化する性質のことです。より正確にいうなら、トルクセンサが利用しているのは、磁性体に力を加えることで磁場が生じる「逆磁歪効果」で、これは「ビラリ効果」と呼ばれています。
磁歪式トルクセンサーはそもそも、ヤマハの電動アシスト自転車のロング&ベストセラーモデル、「PAS」シリーズに2003年から採用されている技術です。1993年に世界初の量産電動アシスト自転車として世に生まれたPASですが、初期のPASシリーズのペダルを漕いだときのトルクを検出するセンサーには、クランク軸と同軸上に設置された遊星歯車機構型が用いられていました。
ただ、遊星歯車機構トルクセンサーには伝達ロスによりペダル踏力が増加してしまう・・・という点がウィークポイントでした。先述のとおりトーションバーのようなねじれ機構が存在しないので、2003年より採用された磁歪トルクセンサーは機械的なロスがないのが特徴です。
2輪車はタイヤとハンドルがライダーに近い距離にあり、ハンドルとフロントフォークがリジッドで接続されていて、4輪車のステアリング機構のようにシャフト、ロッド、リンクなどの機構を介さない例がほとんどです。
2輪車でパワーステアリングというアシスト機構を採用しつつ、リニアなフィーリングのステアリング操作を実現するには、機械的なロスのない磁歪式トルクセンサーを使うのが最適・・・とヤマハは考えたわけです。磁歪式トルクセンサーの活用は長年のPAS開発で培った技術ですから、EPSはヤマハならではの"強み"を活かした技術ともいえるでしょう。
次のステージの"ハンドリングのヤマハ"を作り出す、EPSという新技術!!
2003年以降のPASシリーズに採用された磁歪式トルクセンサーによる、乗り手の感覚に違和感のない自然なアシスト技術とともに、世界中のユーザーから長年にわたり支持されてきた"ハンドリングのヤマハ"という評判も、伝統的なヤマハのストロング・ポイントといえます。
ハンドリングをまとめる技術と制御技術を掛け合わせることで、新たなヤマハ・ハンドリングを作り出す・・・というビジョンの下で開発されたEPSは、ステアダンパーとステアアシストという2つの機能を併せ持ち、2輪車の安定性と軽快感の向上に貢献する技術になっているのです。
ステアダンパー機能は、路面状況の変化などによって発生するさまざまな外乱を制御することが可能で、主に高速走行時の安定性に寄与する技術です。そしてステアアシスト機能は、乗り手の意図や意志に合わせてステアリング操作を補い、主に低速走行時の軽快感に貢献する技術です。
実際の作動としては時々刻々とEPSが状況を判断し、ステアリングを抑え込む、または軽く切れるという機能を常時切り替えており、そんな複合的な挙動が違和感を与えることなくライダーに伝わっている・・・というカンジになるそうです。
ダンパー機能、アシスト機能はともに、磁歪式トルクセンサーで検出したシャフトにかかるねじれトルクのデータをコントロールユニットで制御し、2輪用に小型・軽量に設計されているアクチュエーターがギアを介してステアリング操作を補助する仕組みになっています。
なお2022年全日本モトクロス選手権に、開幕戦のHSR九州(熊本県、4月9〜10日)から参戦する予定のヤマハYZ450FMに採用されているEPSですが、作動に必要な電気はすべてエンジンのACG(オルタネーター)が発電する電気でまかなわれており、EPS作動用のバッテリーなどは不要とのことです。また、ACGもEPS非採用のYZ450FMのものと同じで、EPSを作動させるために発電性能を強化したACGを使用する必要はないそうです。
アクチュエーターとステアリングシャフトの間には駆動用ギアが介されているため、EPS非採用の場合に比べるとほんの少しだけ、EPS採用車はエンジンを止めた状態ではステアリング操作時にギアの抵抗を感じるそうです。しかしその抵抗感は無視できるほど極めてわずかなもので、万が一のトラブルでEPSが作動しなくなっても、電気の力によるアシストがなくなるだけでステアリング操作に違和感を覚えることはありません。
4輪自動車のEPSも万が一の故障時に運転手がパニックにならないようにフェイルセーフ機構が構築されているものですが、ヤマハのEPSの場合も安全性はがっちりキープされているわけです。
すでに昨年度に実戦投入済みのEPS!! 量産公道用モデルへの採用の可能性は!?
急遽、今年の東京モーターサイクルショーに展示されることが決まったEPS採用のヤマハYZ450FMですが、じつはEPS搭載車はすでに公の場・・・昨年の10月23〜24日に開催された、全日本モトクロス選手権第7戦MFJ GP(宮城県・スポーツランドSUGO)に登場していたのです!
オーストラリア選手権などで活躍するジェイ・ウィルソンがライドしたヤマハYZ250Fは、EPSの完成度を確認するというミッションも帯びての参戦でした。両ヒート完全制覇という好成績もあって、ウィルソンのEPSへの評価コメントはポジティブな内容がほとんどだったようです。
今年は開幕戦から、EPSを採用する2台のYZ450FMと1台のYZ250Fが全日本モトクロス選手権に参戦する予定ですが、なぜ全日本選手権がEPS開発の舞台に選ばれることになったのでしょうか? その理由のひとつには、それぞれのモータースポーツのジャンルが採用するレギュレーションの違いにあります。
ロードレースの最高峰であるMotoGPは、操舵系にEPSのようなデバイスをつけることはNGですが、一方で全日本モトクロス選手権の場合は問題ありません。また全日本モトクロス選手権が開発の拠点である日本で行われるシリーズ戦・・・であるというのも、開発を進める上では望ましい環境といえます。もちろん2輪の"操舵"の開発環境として、不整地を使うモトクロスが一番"過酷"であり、検証や評価のための最適の舞台であることは言うまでもありません。
非常に興味深いのは、EPSによるダンパーおよびアシストのセッティングは自由度があるため、ライダーの好みや技量に合わせて変更することが可能であり、ファクトリーチームのEPS採用車に施されるセッティングも乗車するライダーによって変わっているとのことです。
もしEPSが将来量産公道車に採用されることになった場合、オンロードやオフロード、またはスポーツモデルやツーリングモデルなど、ジャンルの違いに合わせたセッティングが採用されるだけでなく、スロットルバイワイヤ採用車のエンジンモードの変更のように、乗り手の求めに応じたダンパーおよびアシストの設定を選択することができるようになっているのかもしれません?
現時点のファクトリーYZに採用されているEPSの仕様は、上述のとおり発電系を強化する必要なく、そしてステアリングシャフト径を変更する必要なく、EPSの機能を与えることができるようになっています。この構成の特徴は、EPSの量産車採用へのハードルを下げることにつながるように思えます。
また2013年以降のヤマハPASシリーズのように3つのセンサーを使わず、磁歪式トルクセンサーのみでライダーによる入力を検知するシンプルさは、量産車に採用する際に考慮せざるを得ない重量増やコストの面でも、有利にはたらくことになるでしょう。
今のところEPSの実力は、限られたライダーたちしか経験できないものですが、近い将来にこの技術の恩恵を万人が授かることができるようになることを・・・期待したいです! ともあれ、まずは今年の全日本モトクロス選手権を走る、EPS採用YZの活躍ぶりに注目しましょう!