そんなぶっきらぼうだけど人情家の松ちゃんだが、ヒトシはなんと転んでSRを壊してしまう・・・。
Mr.Bike BGで大好評連載中の東本昌平先生作『雨はこれから』第41話「峠の女弁慶」より
©東本昌平先生・モーターマガジン社 / デジタル編集 by 楠雅彦@ロレンス編集部
道の真ん中で記念撮影の準備をしているお婆さんを避けて転んだヒトシ
オレ、ヒトシ。
大学でバイクを盗まれちまって、もうどうしたらいいかわかんなくて呆然としてたら、松ちゃんが自分のSRをオレに貸してくれた。この話はしたっけかな。
ところが、リナやソウルスピードの兄ちゃんとツーリングに出かけたオレとSRに、またもやとんでもない災難が待っていたんだ。
見通しの悪いカーブを抜けて目に入ってきたのは、なんと道路の真ん中で、三脚つかって記念撮影をしようとしてるばあさんの姿だった。
あやうくひっかけそうになったが、バイクを倒してそのばあさんを轢かずには済んだものの、転倒したSRは自走ができないくらい壊れちまった。
何事もなかったように三脚を持って退散していくそのばあさんにオレは怒号を浴びせたものの、なんの効果もない。オレ自身も多少の擦り傷で済んだが、こかしちまったSRと、SRを貸してくれた松ちゃんのことを考えるとオレのハートは激しく痛んだんだ。
したくはないけど、思わず言い訳をしてしまうヒトシ
ソウルスピードの兄ちゃんのゼファーに乗せてもらって松ちゃんのドヤに戻ったオレは、松ちゃんに事故の報告をした。申し訳ない気持ちはすごくあったけど、悪いのはあのばあさんで、オレは悪くない。SRを壊した後ろめたさを隠すためもあったからだろうけど、オレの説明はひどく言い訳がましかっただろうと思う。
結局オレが松ちゃんに謝りの言葉を言えたのは、松ちゃんと一緒に動けないSRを拾いにいく車の中だった。
松ちゃん、ゴメン、とオレは言った。「SRこわしちまったァ!」
すると松ちゃんは前を向いたまま「しかたない」と言った。SRを車に積み込みながら、松ちゃんは「バアさんひっかけなかっただけでもついてるよ、ヒトシも大ケガしてないしさ」と言ってくれた。
ほんとはめちゃ怒鳴りたかったんじゃないかな、でも松ちゃんはオレを責めるようなことは一言も言わなかった。
若者に説教は不要?説教しないのは不人情?
私は一生懸命事故の顛末や理由を説明しようとするヒトシを見ながら、説教したくなる気持ちを一生懸命抑えていた。コイツらに何を言ってもはじまらない、私はそう自分に言い聞かせていた。
何を言ったところで彼らが変わるわけではないのだ。所詮人は変われない。
ヒトシの話が終わると、私は小型トラックを引っ張り出して、ヒトシを乗せた。かわいそうなのはそのバアさんでもなければ、ヒトシでもない。こわれたまま放置されているSRだ。とにかくその事故現場に行き、SRをピックしてやらなければならない。
すると、それまでは事故の言い訳に終始していたヒトシが「松ちゃん、ゴメン」と言った。
私は改めて彼に何か言いたくなったが、それもやはり説教に違いない。私が言えたのは「しかたない」の一言だった。
くだらない間違いや過ちを繰り返す若者に、思うところを言ってやるのはお節介だろうか。それともそれを口にしないで黙るほうが不人情というべきだろうか。
胸のつかえがとれない松ちゃんは炉煎(ろい)のマスターに会いにいくが・・
あなたならお節介と思っても説教しちゃう?それとも黙って押し殺しておく?