1991年といえば、日本メーカーとして唯一の総合優勝を果たしたマツダ787Bではないでしょうか。

1980年代から90年代前半まで使われたスポーツプロトタイプカー、グループC。モータースポーツ熱狂の時代です。この連載では、グループCの名車を思い出しながら、その同年の映画、ファッション様々なカルチャーを比較して時代を遡っていこうというコーナーです。あの頃のアカデミー賞受賞作品や、日本で流行った懐かしすぎるあれこれを紹介していきます。

1991年MAZDA 787B #202 JSPC仕様車

画像: 1991年MAZDA 787B #202 JSPC仕様車

1991年のル・マン24時間レースで総合優勝を飾った#55がミュージアム入りとなった後、国内の全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権(JSPC)レースに参戦するため、ル・マン後に急遽製作された787B-003号車。国内レース専用マシンとして製作されたため、シャシーやカウル類には軽量化が施された。外観上はル・マン仕様には不可欠な高照度ヘッドライトがなく、レナウンカラーのグリーンとオレンジの配置が逆転されているのが大きな特徴となっている。

ダンス・ウィズ・ウルブズ(1991年)

そして1991年にアカデミー賞を獲得したのが、南北戦争時代のアメリカを舞台に、インディアンと北軍の中尉の間の、異文化での友情が芽生える様子を描いた映画「ダンス・ウィズ・ウルブズ」。

俳優であるケヴィン・コスナーが映画監督としてデビューした長編作品です。ケヴィン・コスナーはこの映画で主演も務めています。大自然をバックに狩りや戦いが行われる壮大なシーンは、見ているものを圧倒させる演出でした。この作品はアカデミー賞以外にも7部門賞を受賞しました。

画像: ダンス・ウィズ・ウルブズ(1991年)

ジュリアナ東京オープン!いまでも有名なあの応援歌も大ヒット

1991年は、なんといってもあの伝説的なディスコ、「ジュリアナ東京」が芝浦にオープンした年です。最近は、“クラブ”や“パリピ”などよく言いますが、これらの原点は全てこの時代にありますね。この影響からこの年は、クラブ系カジュアルファッションや、超ミニスカートなどのスタイルが大流行しました。

ちなみに1991年のヒットソングは、KANの「愛は勝つ」や槇原敬之の「どんなときも。」などの応戦ソングがヒット!この時代の日本は、音楽もダンスもファッションも活発的な時代だったのですね。

というわけで最後に、そんな活発であった1990年代のジュリアナ東京時代のダンスを見事に表現した、登美丘高校ダンス部のみなさんの「バブリーダンス」の動画がキレッキレすぎてなんども見ても飽きないので、あの時代を懐かしみながらぜひご覧ください。

画像: 【TDC】バブリーダンスPV 登美丘高校ダンス部 Tomioka Dance Club youtu.be

【TDC】バブリーダンスPV 登美丘高校ダンス部 Tomioka Dance Club

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