イタリアのトリノから日本の東京までをフィアットの500(1965年式)で走破した2人が千葉で行われていたフィアットのイベントに出席していたので突撃インタビュー

きっかけはサルデーニャから

ルカとアンドレアはいとこ同士。ルカが車を探している時に見つけた500はサルデーニャ(イタリア半島の西に位置する島)にあり、折角だから車を取りに行くついでに旅行をしようと誘ったのが弟とアンドレア。3人は車を引き上げてからキャンプをしながらサルデニアを1周。そこからトリノへと帰りました。

そしてトリノに着いた瞬間、ルカとアンドレアは無言で見つめ合うと、、、
「このまま旅を続けたい!」「バンコクまで行っちゃう?」と冗談半分の本音半分でインスピレーションがあったそうです。

画像: 出発時の2人。左がアンドレア、右がルカ

出発時の2人。左がアンドレア、右がルカ

さすがにそのまま出発にはならず、数ヶ月は飲んだ時に冗談交じりにバンコク行きを話し合っていたそうですが、毎回話題に出てくるだけに、やっぱり実現か?となり、まずは親しい人だけに相談をしたところ、皆が協力的で後押しをしてくれたそうです。

そしてさらに他の友達にも相談をしてみると、色々なアイデアやサポートの話が出てきます。

その内の一つが今回の旅のメインテーマでもある、「世界の子供の夢」を集めるプロジェクトです。
訪れた先で学校や、病院、孤児院などを訪問して1日子供たちとすごした後に、子供たちにそれぞれの夢を絵に描いてもらうというもの。

街の人の反応は?

計画を立てて、路上に停めてある500にも企画についての詳細を書き出して貼り付けておくと、あれよあれよと話が膨らみ、もう出発するしかない状態に。

ここでの面白い話が、このプロジェクトの話を聞いた人々の反応

若者(30代ぐらいまで)は「無理無理」「無謀」「危険すぎる」と否定的だったのに対し

年配の方々は

「行きだけか?」「帰りはやらないのか?」「地球を1周しても車はまだ走っているだろうから安心していけ」

と。

年配の方々は実際に500がデビューした時を知っており、また自分たちの手で数々の冒険と思い出を生み出したからこそ出てくる実証の言葉なのです。それだけ500の性能に信頼を持っているということですね。

実際に、旅の途中で故障などはあったかと聞くと、パンクやマイナートラブル(接点など)は起こったけど、エンジンや車の構造を知っている人ならば誰でも治せる内容で、初めて500に触れるメカニックでもすぐに構造を理解できたと。

画像: 街の人の反応は?

ルカ自身も万が一のことを考えて出発前にエンジンを自分でオーバーホールして構造などを学んだそうです。日本に着いた時点ではエンジンオイルが漏れているだけで、つぎ足しながら東京までは持たせたそうですが、もし旅がもっと長ければエンジンを組み直してしまえば何事もなかったかのように旅を続けられると言っていました。

50年近く前の車というと確かに不安はありますが、構造がシンプルであり、また国を挙げて創り上げた大衆車なだけに国民みんなが幸せになるためのクルマ作り。こういうところが500が今でも愛されている理由なのでしょう。

ルカも「今の車が30年たったらまだ走っているのかな?」「30年も前のコンピューターなんて逆に信用できないよね?」「だからこそ500は偉大なんだよ」と

案外スムーズに旅は続いた

その他にも困ったことなかったかと聞いてみましたが、強盗や犯罪に巻き込まれることもなく500と2人はいく先々で想像以上の歓迎を受け続けたそうです。

またもともとはキャンプをして旅をするはずが、いろいろな人の家に招待されて宿泊したそうです。

困ったことを強いて挙げるならば、いろいろな人との出会いや、助けの積み重ねが自分達の中で消化しきれなくなって感情がコントロール出来なくなる時があったそうです。多くの人の想いと自分達の想いの交流が今までに感じたことのない気持ちにさせるようで、自分でも理解のできない感情に戸惑ったそうです。

画像: 案外スムーズに旅は続いた

この話を聞いていた時はなぜか私も涙ぐんでしまいました、彼らが大きな勇気を振り絞って旅立ち、そこから2度と会わない人たちとの交流、感謝、笑、悲しみ。それが毎日続き、過去の出来事を消化する間もなく、目の前に新しい顔、ハプニング、景色、時間。

「過去も未来も考えている時間なんてなかった」「その時の目の前を一生懸命すごした1年間だった」

「まだ夢の中にいるようだけれども、すべてが現実で、リアルなんだ」

「イタリアに帰って、旅の行程の写真を振り返って初めて自分たちがしたことを飲み込み始められるんじゃないのかな」

と、終始楽しい旅の話を話してくれた2人。

画像: アンドレア、私、ルカで。 灼熱の中、熱心に色々な話をしてくれました。 Ci rivediamo a presto! prossima volta anche con la mia 500!

アンドレア、私、ルカで。 灼熱の中、熱心に色々な話をしてくれました。
Ci rivediamo a presto! prossima volta anche con la mia 500!

最後に

画像1: 最後に

話を終えようとするとアンドレアが真顔で

「一つ聞きたいことがあるんだ」と、

お?なんだろう

私「いいよ」

アンドレア「ヒロミって女の子の名前じゃないのか?」

え?そこ?笑

私「大方は女の子で、たまーに男の子なんだよ」というと

アンドレアが

「お前もか!!!」と大興奮

なぜかというと、アンドレアという名前もイタリアでは女の子の方が多く、このアンドレアもまさに私が悩んだ道を通ってきていたそうです。

で、なぜか2人で熱い抱擁

そうだよね、女の子の名前って小さい時は悩んだよね。お互い毛深いし。

アンドレア「俺、イタリアでヒロミになる!」って、嬉しそうでした。

これもまた旅の思い出になったのかなぁ、と思っていたら無性に自分が旅に出たくなりました。

画像2: 最後に

イタリアに帰ったらどうすのかと聞いたら、

「車両は博物館から展示の依頼がきているよ。まだ決まったわけでないけれど」「後は一応自分の足だからそのまま使うかもしれないし」「実は明後日にはイタリアに帰るのだけど何も考えられないから何も決めていないし、決めたくないんだ」「旅は終わったようなものだけど帰って家に着くまではすべてが旅の一部だからまだ旅の途中であり、今のこの瞬間、目の前しか見てないんだ」

と、なんだか先のことばかり考えてしまいがちな自分の生活に注意を与えられた気持ちでした。

また彼らの言葉で印象に残ったのは

「この企画には多くの方々の協力で成り立ったのは確かですが、最初の一歩は私達二人で決めたものでした」

「待っているのではなく、自分からこの冒険の扉を叩いたのが大きな一歩でした。最初の一歩をとったことで更に多くの機会への扉を広げてくれました、しかも自分たちの想像以上のです」

「だから前に進むのに迷っている人がいれば伝えてあげたい。一歩だけ踏み出せば良いと」

画像3: 最後に

旅のまとめ

旅行期間:1年
走行距離:26890 Km
訪問国:14カ国
パスポート:2冊
宿泊:50% テント、30%地元の人の家、19%ゲストハウス等、1%車中泊
給油量:満タン100回分
海水浴:10箇所
砂漠:2箇所
警察に止められる:8回(うち職務質問3回、一緒にセルフィーを撮るため5回)
SIM:8枚
写真を撮られる:数え切れない
旅をしながら集めた寄付金:5000ユーロ
子供達の夢の数:数百
かなった自分たちの夢:1

画像: 旅のまとめ

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