人生には、何度観ても同じ感動を、同じ衝撃を、同じ衝動を与えてくれる映画と巡り会うチャンスがある。

僕にとって『ギルバート・グレイプ』は、そういう映画の一つだ。
1993年に公開された本作は、主演ジョニー・デップ。知的障害を持つ主人公の弟をレオナルド・ディカプリオが演じている。

閉ざされた世界に縛り付けられて、あがくこともできない青年

主人公ギルバート・グレイプは勤勉で、心優しい青年だ。アイオワ州の片田舎、とても小さな町の小さな雑貨屋で、働いている。

彼の母親は、夫が謎の首吊り自殺を遂げたショックで過食症になり、7年もの間一歩も家の外に出たことがない。というより身動きできないくらい太って醜くなってしまっている。

彼の弟バーニーは知的障害を患っており、十代後半になっても幼児のままだ。さらに二人の妹を加え、4人の家族をギルバートは養っている。

家を出ることができない母親、社会に出ることができない弟。家族を守ろうと懸命に努力するギルバートもまた、狭い生まれ故郷の町を出たことがない。先が見えない、何も変わらず、前進することのない閉塞感がギルバートを蝕み、彼に虚無的なストレスを与え続けている。

何もかも捨てたい、そう思わないではいられないギルバートではあるが、醜く太った母親をギルバートは愛している。そして手のかかる弟のことも誰よりも大事に思っている。愛しているが故に、彼は身動きが取れなくなっているのだ。あがくことさえできない。それがギルバートの日常なのである。

画像: 主人公ギルバート・グレイプ www.youtube.com

主人公ギルバート・グレイプ

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画像: 弟のバーニー。知的障害者 www.youtube.com

弟のバーニー。知的障害者

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画像: ギルバートの母親。夫の死がトラウマになり超肥満体になってしまった www.youtube.com

ギルバートの母親。夫の死がトラウマになり超肥満体になってしまった

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画像: 小さな町だけに、家族は笑い者にされる www.youtube.com

小さな町だけに、家族は笑い者にされる

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画像: 弟想いのギルバート https://www.youtube.com/watch?v=tHEw7vxjLbE

弟想いのギルバート

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新しい恋がギルバートの閉塞された空間に小さな穴を開けた

そんなとき、偶然の出会いがギルバートの生活にわずかな変化をもたらす。

トレーラーハウスで米国中を旅して暮らしている少女、ベッキーとの出現だ。故障したトレーラーハウスの修理のために町にとどまることになった、ベッキー母子。彼女とその母親の自由奔放な暮らしは、ギルバートにはまぶしいばかりだ。

やがて恋に落ちた二人だったが、ベッキーはトレーラーハウスの修理を終えれば町を出て、再び旅に出る。ギルバートに一緒に来て欲しいと願うベッキーだが、ギルバートは母親と弟をおいていくことはできないと首を振るしかない。

画像: そこに現れた美しく快活な少女ベッキー www.youtube.com

そこに現れた美しく快活な少女ベッキー

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画像: 恋に落ちるベッキーとギルバート www.youtube.com

恋に落ちるベッキーとギルバート

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ギルバートを苦しめていたのは自分自身

ネタばらしになってしまうが(古い映画で見た人も多いだろうから許されるだろう)、ギルバートの母親はギルバートはほどなく亡くなってしまい、ギルバートと家族は、母親ごと家に火をつけて火葬する。

町にギルバートを縛り付けていた軛がなくなり、ギルバートは弟バーニーを連れて、ベッキーと共に町を出るのである。妹たちも自分たちの好きな道へと旅立っていく。
「どこにいくの?」と無邪気に尋ねるバーニーに、ギルバートは「どこへでも」と晴れやかな表情で答える。

この映画の原題は「What's eating Gilbert Grape」。直訳すると、何がギルバートを蝕んでいるのか、あるいは食い散らしているのか、だ。
ギルバートを苦しめているのは彼自身だ。どこに行きたい、自由に生きてみたいと願う彼自身の心の叫びが、それを許さない環境の中で彼の心を壊していく。ギルバートは辛い日々の中で、母親や弟を疎ましく思っているわけではない、心底彼らを愛しているからだ。

環境を変えたいなら町を出ていけばいい。出ていかないのは自分自身で決めているからであり、自分のことよりも母親や弟たちのことを大切に思っているからだ。だから誰が悪いわけではなく、自分で決めたことが自分を苦しめているだけなのだ。

ベッキーとの出会いによって、何が待っているかはわからないが、自由な世界へと旅立つ決意をするギルバート。ベッキーを合流してトレーラーハウスに乗り込む彼らの姿に、観ている我々もまた晴れやかな気分を満喫するのである。

Best Moments of Arnie Grape

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この映画を観ると、十代の頃の鬱屈を思い出す。
ギルバートと同じ、ではないが、自分もまた自分がいる環境を捨てたい、脱出したいと暗く願っていた頃がある。いや、同じような日常に心が折れそうな思いをしている、あるいはしていた人は多いはずだ。

誰もがギルバートと同じ、辛さを味わっていたはずなのである。

しかし、そうした暮らしにいつか転機が訪れる。不意に自由な環境に置かれた自分に戸惑いつつも、胸いっぱいに爽やかな空気を吸って、一歩前に出る。そんな瞬間が訪れる。そのとき、我々の顔にはギルバートと同じ、穏やかで柔らかい明るい微笑が浮かんでいるはずだ。

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