20世紀のアルミフレームは、非常に高コストでした・・・
webオートバイに掲載された「20年続く桂フレーム。2ストYZを振り返る開発者インタビュー」は、ヤマハの市販モトクロッサー"YZ125/250"に使われている通称「桂フレーム」というアルミフレームにまつわるインタビュー記事です。20年以上使われているこのフレームのよもやま話を、開発者にインタビューしてお聞きするという非常に興味深い内容です。
1960年代後期のスズキGPレーサーや、70年代の小排気量(50/80cc)GPレーサーなど少数の例外を除き、競技用、公道用問わず1970年代までのスポーツモデルはスチールチューブによるフレームを採用する例が圧倒的多数でした。
軽さがその特徴であるアルミ合金は、まず車体構成部品としては1970年代にモトクロッサーのスイングアームなどに採用されるようになりました。そして1980年代に入ると、当時最高峰の500ccクラス用GPレーサーにアルミフレームが採用されるようになりますが、それらは押出などの加工品や、鍛造品などの異なる製法のアルミ合金部品を溶接して組み立てられていました。
1983年、公道用量産車として初めてアルミフレームを採用したスズキRG250Γ。「AL-BOX」と命名されたこのフレームは、初の量産という試みのため材料選定や加工などに苦労したそうです。
www.autoby.jp抽出に大量の電気を使うゆえに高コストなアルミですが、アルミはその熱伝導率の高さから溶接に大電流が必要で、かつ大気中の酸素から溶接部を不活性ガスで保護する必要もあります。つまり鉄より材料として高く、さらに溶接が難しいので、アルミ合金のフレーム作りはコストと手間がかかってしまうのです。
ダイキャスト技術の進歩によって、高性能鋳造アルミフレームが実用化されました
先ほどご紹介した「20年続く桂フレーム。2ストYZを振り返る開発者インタビュー」の文中でも触れられていますが、ヤマハが生み出した「CFダイキャスト技術」はアルミを使った車体作りの大きなブレイクスルーとなりました。
2002年2月に発表されたCFダイキャストは、「薄肉かつ大物を両立」させたアルミダイキャスト部品の量産化が可能となる生産技術であり、ダイキャスト製品の軽量化、省資源化、低コスト化にもつながりました(従来比で約30%の軽量化、約80%の部品点数削減、生産コスト約30%削減)。
真空アルミダイキャスト技術をベースとしたヤマハのCFダイキャスト。ガス混入量を従来の1/5に削減した結果、高強度で溶接が可能となる「薄肉かつ大物」のアルミダイキャスト製品の量産を可能となりました。
global.yamaha-motor.comCFダイキャストの「CF」とは「Controlled Filling」(制御充填)の略です。金型の真空度向上、金型温度の制御、アルミ溶湯の射出速度向上により、アルミ鋳物内のガス混入量を従来比1/5に削減しています。アルミのダイキャストでは、アルミ溶湯表面に生じる酸化アルミニウム膜を、いかに鋳物内に巻き込まないようにするかが大事です。なぜなら混入した酸化膜は、アルミ鋳物の金属疲労におけるウィークポイントになってしまうからです。
2003年発表のFZ6-S(写真)とFZ6-Nは、メインフレームにCFダイキャスト品を採用していました。
global.yamaha-motor.com従来のダイキャスト品の約半分という薄肉で作れ、大きな鋳物が作れて、そして溶接性も向上しているCFダイキャスト品は、2003年型YZF-R6のスイングアームで初採用されました。鋳造ですから、フレーム剛性の必要な箇所とそうでない箇所の肉厚や形状を自由に作りやすく、さらに低コストで作れる・・・。酸化膜混入が少ない真空ダイキャスト製法は、その後ヤマハ以外のメーカーも追従して導入して今に至っています。
アプリリアのミドルクラスのスポーツモデル「RS660」も、ダイキャスト製法のアルミフレームを採用しています。
www.aprilia.comダイキャストフレーム・・・と聞いて、このモデルを思い浮かべた方はバイク通? ホンダイタリア インダストリアーレ社勢のNSR125Fは、1989年6月よりホンダから輸入販売(限定1,000台)されました。同車はグリメカ社製のダイキャスト製法による左右メイン構造部を、ボルト結合で一体化したALCAST(アルキャスト)と呼ばれるフレームを採用していました。低コストな量産車用アルミフレームの可能性は、20世紀から追求されていたわけです。
global.hondaなお気泡や酸化膜の混入を低減させた、高品質なダイキャスト品を作る技術はアルミフレームなどの車体系パーツだけでなく、さまざまなエンジン部品の製造にも活用されています。2010年よりドゥカティは、バキュラル法の真空ダイキャストによるクランクケースやエンジンカバーなどの製作を始めています。
ヤマハはCFダイキャストを発展させ、2004年にダイキャスト製法による全アルミ製ダイアジル(DiASil)シリンダー量産化に成功しました。シリコン20%含有のアルミ材を用いたダイアジルシリンダー(右)は、鉄スリーブ入りシリンダー(左)に比べ軽量で、放熱性にも優れています。
global.yamaha-motor.com現代のアルミダイキャスト技術は、強度を落とすことなく重量を大きく減らすことを可能としています。車体、エンジンともにその恩恵は大きく、この技術革新は現時点で2輪車のハードウェア面の、21世紀最大の発明といっても良いかと思います。ひと言でアルミダイキャストといっても、1980年代のものと現代のものでは、その技術的背景には大きな違いがあるわけです。