目標は「F1のワールドチャンピオン」そんな夢を持ち続け、頚椎C6損傷で車いすの生活を余儀なくされても走り続けるレーシングドライバー。みなさんは長屋宏和さんを知ってますか?

チェアウォーカーになってしまった元全日本F3ドライバー

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ながや・ひろかず。1979年生まれ。レーシングドライバー。1992年、13歳でF1鈴鹿グランプリを見てレーシングドライバーを志す。同年レーシングカートを始め、全日本選手権出場、ICAクラス3位となった後、フランスにレース留学。2000年からフォーミュラ・ドリームに参戦し、2年間で優勝1回、2位4回の好成績を収める。2002年からF3にステップアップし名門戸田レーシングのドライバーに。同年、F1鈴鹿グランプリの前座レースにてクラッシュ。一命をとりとめたものの頚椎C6を損傷。現在はチェアウォーカーのためのファッションブランド「ピロレーシング」を運営する。

カート→レース留学→フォーミュラードリームで好成績→F3にステップアップした所で、レース中のクラッシュで頚椎C6損傷・・・頸椎損傷四肢麻痺の重度障害者となり、チェアウォーカーとなる。

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自分の夢に向けて比較的トントン拍子にステップアップして行っているように見えた矢先の大クラッシュ。しかも四肢体麻痺。どれ程絶望したか、想像もつきません。

Nagaya Hirokazu

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フォーミュラーカーってこんなに簡単に転がるのでしょうか・・・と思えてしまうぐらいの壮絶すぎる事故。それでも、長屋さんはレースを諦めなかった。

頚椎C6損傷で車いすの生活を余儀なくされた。病院には2年間入院していたが、とにかくレースに出たかった。乗りたいと医師に相談すると頚椎損傷だから無理だと言われた。
無理だと言われて逆に目標ができた。
『何とか出来るだろう』という根拠のない自信がありまして(笑)

『無理だと言われて目標ができた。』

なんてカッコイイ言葉。確かに、無理かどうかは自分で決める事。諦めると決めた時に初めて無理になるんです。

こんな大クラッシュを経験して、怖く無い訳はない。四肢体麻痺で、できない事がたくさんあって、大変じゃない訳がない。それでも、諦めなかったら、チャレンジし続ける限り『無理』ではないんですよね!!

Hirokazu Nagaya 01

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諦めなかった長屋さんは『無理』だと言われた『乗りたい』をレーシングカートで実現させました。

大きな目標は「F1のワールドチャンピオン」だ。
「僕はこの夢を今も捨てずに持ち続けています。それが叶うか叶わないかなんて自分も分からないし人にも分からないでしょう」と長屋はちょっと遠くを見るような目で語り、再び近くに視線を戻した。
「同時に、目標をすごくいっぱい小さくても大きくても持つことにしています。そうして、それを乗り越えた時に自分が大きくなった実感を感じることができる。そのために目標はたくさん必要なんです」

『それが叶うか叶わないかなんて自分もわからないし人にも分からないでしょう。』五体満足な人でも中々言えない言葉だと思います。そう!!叶うか叶わないかなんて誰にも分からないんです。それなら、叶う方を信じた方が絶対いいに決まってる。出来なくなってしまった事を嘆くんじゃなくて、それでも出来る方法を探す。それは、並大抵の精神力でできる事ではないと思う。それでも、叶うと信じられる自分の方が絶対人生楽しいですよね(*´▽`*)

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現在長屋さんは「いつも自分の好きな洋服を着たい」という思いから、2005年5月にモードフィッターの母の技術と自分のアイデアを組み合わせたチェアウォーカー・ファッションブランド「ピロレーシング」を立ち上げ、チェアウォーカーは、臀部が常に車椅子に接していて床ずれを起こし易いなどの多くの問題を抱えているので、自分が穿きたいと思えるデニムパンツを開発したり、雨天の外出でも不具合を感じないように開発したレインコートやチェアウォーカーの花嫁さん用ウエディングドレスを発表するなどファッション業界で活躍しながら、2015年にツインリンクもてぎで行われた、カート耐久レース「K-TAI」に参戦し25位で完走するなど、レース活動を続けているそうです。