水上を疾走する爽快感がウリの"ジェットスキー"は、日本でも人気の乗り物です。ところでみなさんは、ホンダもかつて"ジェットスキー"を製造販売していたことをご存知でしょうか? 今回は1950年代からのPWCパーソナルウォータークラフトのカンタンな歴史と、2002年モデルから約10年間販売されていたホンダの"アクアトラックス"のことを紹介します。

2輪と縁が深い"PWC"の歴史

さて、タイトル含めここまで"ジェットスキー"という語を使いましたが、"ジェットスキー"というのはこの分野の老舗メーカーであるカワサキの、一般名称化しちゃっているけどれっきとした固有の商標なので、ここからはPWC=パーソナルウォータークラフトと表記統一して書くことにします。

そもそもPWCが誕生したのは・・・どういう船体をPWCの原型とするのかで起源の説は変わってくると思いますが、今日一般に認識されるPWCの原型は1950年代半ばに英国と欧州の地で育まれていった・・・というのが定説になっています。

そんな黎明期のPWCのひとつに、ビンセントの"アマンダ"があります。ビンセントの名は1969年のホンダCB750フォアの誕生まで1950年代から長らく"最速の公道量産車"の地位に就いていた名車、ブラックシャドウを生み出した英国メーカーとして、旧車ファンなら知らない人はいないと思います。

画像: 1957年型ビンセント・アマンダ。ウォータースクーターと呼ばれたこのモデルは、当初は空冷2ストローク75cc単気筒を搭載していましたが、その後100cc、200ccと排気量アップ版が登場しています。 www.bike-urious.com

1957年型ビンセント・アマンダ。ウォータースクーターと呼ばれたこのモデルは、当初は空冷2ストローク75cc単気筒を搭載していましたが、その後100cc、200ccと排気量アップ版が登場しています。

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画像: Water Scooters (1956) youtu.be

Water Scooters (1956)

youtu.be

アメリカなど輸出市場をターゲットに2輪以外の人気商品を作る・・・これがビンセントがアマンダを作った理由でした。アマンダは2,000台ほどがアメリカ、オーストラリア、そしてアジアなどの国で販売されましたが、残念ながら経営が傾いていたビンセントを救うほどのヒットにはなりませんでした・・・。

アマンダのように、黎明期のPWCは英国や欧州のメーカーが開発していましたが、現代の主流のポンプジェットを推進力とするPWCの原型はアメリカで誕生します。1930年代、ノルウェーからアメリカ西海岸に移民したジェイコブソン(ヤコブセン)一家のクレイトン・ジェイコブソン2世は、1933年にオレゴン州ポートランドに生まれました。

彼は結婚後、カリフォルニア州ロサンゼルス郡のパロス・ヴェルデスに移り住み、モトクロスのレースに熱中するようになります。そして1960年代初頭のとある日に、クラッシュを喫したジェイコブソンはその時の経験をきっかけに、「モトクロスのように路面に叩きつけられて痛い思いをせずに、モーターサイクルみたいなスピード感と爽快感を味わえる乗り物・・・」という着想を得たのです。

画像: ライダー時代のC.ジェイコブソンの勇姿(597番)。 en.wikipedia.org

ライダー時代のC.ジェイコブソンの勇姿(597番)。

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その夜、ジェイコブソンはその着想を元にスケッチを描きました。そして妻の父が営むファイナンス会社の職を辞し、彼は彼の「夢の乗り物」の開発に励みました。そして最初のプロトタイプが完成し、無事最初の試走を果たしたのは1965年のことでした。

画像: ジェイコブソンの最初の試作PWC。動力付きの、水上スキーという感じのライディングポジションになっています。 en.wikipedia.org

ジェイコブソンの最初の試作PWC。動力付きの、水上スキーという感じのライディングポジションになっています。

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スタンディングスタイルの固定式ハンドル、そしてアルミ製ボディのジェイコブソンの試作機は、2ストロークエンジンでポンプジェットを駆動する構造になっていました。1966年には早くも試作2号機が完成しますが、これに注目したボンバルディアは着座型PWCのライセンスをジェイコブソンから取得。これが現代の人気のPWCブランドのひとつ、シードゥー(SEA-DOO)のルーツとなりました。

その後もジェイコブソンはスタンドアップ型PWCの試作を1970年初頭まで続け、ピボットハンドルポールと自動復帰機能の特許を取得。この特許を使って、カワサキは1973年に最初のスタンドアップ型PWCである"ジェットスキー"を販売しています。後のPWC業界の発展に寄与した、モトクロスライダー上がりのジェイコブソンは近代PWCの生みの親と言ってもいいでしょう。

短命に終わった"アクアトラックス"ブランド・・・

2輪とPWCの黎明期からの密接な関係性・・・を紹介するため、前置きが長くなって申し訳ありません(苦笑)。さて、日本ではカワサキとヤマハがPWC界のビッグネームとして君臨しているのは周知のとおりです。そして2輪界の盟主たるホンダが満を持して"アクアトラックス"ブランドでPWC業界に参入したのは、21世紀に入ってからのことでした。

画像: こちらはホンダコレクションホールに展示された、アクアトラックスF12Xです。 en.wikipedia.org

こちらはホンダコレクションホールに展示された、アクアトラックスF12Xです。

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ホンダがPWC業界に参入した背景には、PWCのメインマーケットであるアメリカでの1990年代の規制強化があります。1991年以前はPWCの大気汚染につながる有害物質の排出量には規制がなかったのですが、1990年のアメリカの大気浄化法改正によりPWCを含むレクリエーション用船舶エンジンと、2輪オフロード車用などのエンジンの環境規制が強化される流れが生まれました。

モトクロッサー同様、PWCも軽量かつ構造がシンプルで、パワーデリバリーに優れた2ストロークが業界の主流でしたが、1990年代が始まる前の時代から、年々アメリカの環境規制強化が厳しくなることは、過去のアメリカの環境規制の歴史からも各製造業者たちには容易に想像できました。

そのため環境性能的に優位な、PWCの4ストローク化への転換は時代の要請でもあったのです。そしてホンダにとっては、4ストローク高性能PWC開発が激化するという当時の状況は、PWC業界に新規参入するにはちょうど良いタイミングだったと言えるでしょう。

画像: 2008年型アクアトラックスF15Xは、水冷4ストローク1,470cc並列4気筒+ターボを搭載。最高出力は200馬力を発生しました。 jetskitips.com

2008年型アクアトラックスF15Xは、水冷4ストローク1,470cc並列4気筒+ターボを搭載。最高出力は200馬力を発生しました。

jetskitips.com

今日の高性能4ストロークPWCは、スーパーチャージャーを組み合わせることが定石となっていますが、2002年モデルで初登場したホンダのアクアトラックスF12Xは、ターボチャージャーを採用していた点が大きな特徴でした。

その後、F-12Xより船体を大きくして排気量を上げたF15Xが登場。最高出力は250馬力オーバー!! を誇るライバル勢に比べると控えめな200馬力ですが、動力性能と燃費性能のバランスの良さがターボエンジンのF15Xの魅力でした。

しかし、2009年後半にホンダはPWCの製造を止めることを発表しました。2010年以降も販売は続きましたが、やがてそれも途絶えていくことになります。カワサキ、ヤマハ、シードゥーの3強相手にシェア拡大がままならなかったことなどが、ホンダ撤退の理由だったのでしょう。

今もアメリカなどではF12XやF15Xの品質の良さを評価し、絶版となって久しいアクアトラックスを愛用し続けるオーナーもいるそうです。またいつか、ホンダのPWC・・・新たなアクアトラックスが生まれる時代が訪れるのか・・・その日までしばし妄想? を楽しみましょう。

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