実在した破滅型の天才ミュージシャンの半生を描いた作品
甘いマスクと歌声で一斉を風靡したジャズ・ミュージシャン、チェット・ベイカー。黒人アーティストが席巻するジャズの世界の中で、彼のトランペットはマイルズ・ディヴィスをもしのぐ人気を勝ち得ていた。
しかし、チェットは類稀なる才能に恵まれながらもヘロイン中毒で身を持ち崩し、さらには売人との喧嘩で前歯を失って、トランペッターとしての将来を絶たれたと思われた。
麻薬の禁断症状と戦いながら、再起を目指すチェット・ベイカーを演じるのはイーサン・ホーク。彼を支え、献身的な愛を注ぐジェーンにはカルメン・イジョゴ。
ドラッグ中毒のジャズ・プレイヤーの没落と再生の物語をあなたはどう評価する?
主人公のチェット・ベイカーは黒人社会のジャズにあって、逆差別的な圧力を常に感じて生きている。溢れる才能を持ちながらも、その圧力に抗しきれない気持ちの弱さが、彼をヘロイン中毒者へと落としていくのである。
同じように黒人主流の世界でスターダムにのし上がる白人の姿を描いた作品としては、ヒップホップやラップミュージックの世界で頭角を表した白人ラッパー エミネムの自伝的映画『8 Mile』があるが、本作はより耽美的かつ破滅的。切羽詰まって、追い込まれた野生の猫のような瞳が印象的だったエミネムに対して、イーサン・ホーク演じるチェットの目はより怯えていて弱々しい。だから大いなる才能を持ちながらもヘロインの力を借りてしまうという、チェットの自虐的な弱さが本作全体を覆う、苦しげで切なげな旋律となっている。
『ボヘミアン・ラプソディ』では、英国にあってインドからの移民であることへの被差別意識と、ゲイであることの性的マイノリティであることの負い目が、天才フレディ・マーキュリーを追い込んでいく様が描かれていたが、本作においても、黒人主流のジャズの世界で白人プレイヤーとして生きるための気力を得る為のトレードオフとして、チェットはヘロインに依存してしまう。彼らの苦悩や弱さを否定することは簡単だが、自分がその場所に置かれた時の孤独を想像することは実は非常に難しいことだと思う。