オートバイ 2017年 5月号別冊付録 『RIDE』 東本昌平描き下ろしフルカラー作品「Stinger」より
80ccのミニスポーツバイクを持ち込んでバイク便で働くケンジとナッチの恋
俺はケンジ。青田賢治、27歳だ。
バイク便で働いて、もう4年になる。 初めの頃は250ccを持ち込んでいたが壊してしまい、いまはYAMAHAのYSR80を使っている。
同じ職場で働く年上の彼女がナッチこと夏苅奈津子。3つ年上の30歳で、付き合って間もなく彼女の部屋に転がり込んだまま、居候している。まあそんなわけで彼女にはちょいと頭が上がらないってわけだ。
急に職を失った夜
そんな俺に急な環境変化が訪れた。
職場の仲間と花見に行くことになっていたちょうどその日、俺はクビを言い渡されたのだ。
理由は危険運転の常習、だという。監視員に目をつけられていたらしい。
80cc の小さなバイクで時間通りに届けるには、多少の無理は止むを得ない、俺はそう思っていたし、それなりに仕事にベストな結果を出そうと努力をしていたつもりだったが、危険と言われれば言い訳もできなかった。
仲間に伝えると一様に驚いた顔をしたが、俺はまだ若い。くよくよしてもしかたなかんべぇとばかりに空元気を出して飲み始めた。そうさ、ゆっくり他の仕事を探せばいいのさ。
しこたま飲んでナッチの膝を借りて横になったとき、ナッチが俺に言った。
「どうするつもり?」
二人の将来を真剣に考えさせられた夜
クビになったの俺だぜ、と俺は猛烈な眠気に目を閉じたまま笑った。「ナッチまでガックリするこたぁねェし」
すると、彼女は少し黙った。短い沈黙のあとで、ナッチは「アタシも30だしさあ 」と言った。
その予想外に陰鬱な言葉の響きに驚いて目を開けると、俺を深刻な表情で見下ろしているナッチの顔があった。
夜桜を見るにはまだ少し肌寒かったらしい、俺は首筋を冷たい手で撫でられたような気がして、首をすくめた。
これってどういう表情?
どんな意味かなー??
彼女を安心させたいつもりが、逆に励まされて・・・
なかなか仕事は見つからない。先行き不安は変わらないが、バイク乗りってやつは能天気なもので、必ずいい仕事を見つけてみせる、と俺はたかをくくっていた。
しかし、ナッチはそんな俺の心の内を知ってか知らずしてか口数が減っていく。まるで思いをしまい込むように、泣くでもなく怒るでもなく・・・。
そんなナッチの様子にさすがの俺も職探しに焦り始めた。ハローワークに毎日通ってみるものの、面接さえ受けられない日々が続いた頃、ナッチは吹っ切れたような明るい顔で「まっ、いいか」と笑った。「そのうちいいのがみつかるって」
先のことはまだ不安ばかりだけど、とりあえず一緒に行こうぜ
ナッチが気持ちを切り替えたかのように笑顔を見せたその次の日、俺はようやく一社の面接にこぎつけたが、結果はXだった。
俺以上にがっかりしていたと思うが、ナッチはそれでも「見る目がないのよ、その会社」と笑って励ましてくれた。
俺はその言葉に背中を押されて、随分前から言わなければと胸にしまいこんでいた一言を、ついに口に出した。「結婚してくれる?無職だけど」
彼女は少し意外そうな顔をして俺を見たが、すぐに「うん!」と返事をくれた。
どうせなら新しい仕事を見つけて、彼女を安心させてから、と勝手に順番を決めていた俺だけど、彼女の気持ちはそうではなかったらしい。嬉しそうなナッチの笑顔を見られて、俺は”言ってよかった”と心の中で呟いた。
ニケツで走るにゃ不安なバイク=俺だけど、ナッチと共に、これからも走っていくさ。ずっと、さ。