燃料の爆発力から大地を蹴る運動エネルギーを生み出すために、エンジンとリアタイヤとをつなぐ "ドライブチェーン" 。今の世の大半のモーターサイクルが採用する珍しくもない駆動方式ですが、それを取り巻く各ディテールや整備・調整ノウハウにも、ダートトラックならではの (偏り気味の?趣き深い?) 工夫があります。知らない方には目から鱗、日々乗る方には再確認、カスタム畑にもアイディアの種?というわけで本日は、オーバルトラックでのチェーンにまつわるアレコレをご紹介。

チェーンの遊び、なんとなく気持ち程度あればOK?と思ってる方に悲報!?

WELCOME RACE FANS!! ダートトラックライダー/FEVHOTSレースプロモーターのハヤシです。一般的なスイングアームを介してリアタイヤが上下動する方式のサスペンションの構造上、ドライブチェーンには "遊び" と呼ぶわずかなタワミの余地が必要ですが、大雑把にストローク量が少 = オンロードマシンと多 = オフロードマシンのほぼ中間に位置するダートトラックレース車両に関しては、その極めて特異な運動特性も相まって、両者に比べるとはるかにシビアなチェーン調整が重要です。

張りすぎたドライブチェーンはサスペンション本来の動きを妨げる原因となり、マシンごとに競技に最適化されている (はずの?) エンジンパワーとトルク変動をスムーズに大地に伝えることができなくなります。

スイングアームが可動域すべてでしなやかに動作するか否かは、全開あるいは最大負荷時の車体姿勢はもちろん、そもそも25°あたりの立ち気味が良しとされ、ダートトラックスタイルの特徴とも言えるキャスター角にだって大きな影響を与えるでしょう。

日々のルーティンでしかないちっちゃな調整所作をおざなりにすることで、マシンのハンドリングその他全体のバランスも時々でてんでバラバラに変わってしまうのです。そう、往々にして悪い方向に。

レーストラックごと、あるいはコンディションに応じギヤリング (前後スプロケット) 交換を行う場面の多々あるこの種目の特性上、マシンごと最適なチェーンの張り具合には常に注意を払う必要があります。

前後輪が接地した空車状態で下からチェーンをちょっと押し上げて「おー遊びあるわ。大丈夫大丈夫」とか言ってチューっとアブラ差して終わり?なんてのは全然見当違い。最もチェーンにテンションのかかるスイングアーム角度を知り (サービスマニュアルには全然書いてません) 、いついかなる場面でも "チェーンパンパン = リアサス機能不全"とならないよう、気持ちよく走れるセットアップに努めることになります。逆にダルダルのまま走って外れちゃうなんてのはもちろん論の外。

シンプルで確実な調整メカニズムは勝つための秒速セッティング変更の要

整然と並ぶ金属部品の組み合わせであるドライブチェーンは、使うにつれ少しずつ磨耗し全長が "伸びて" しまうため要対応となります。あるいはレースの戦況やセットアップ変更などによって歯数の異なる (直径違いの) スプロケットに交換した場合もまた、本来の効率的な張り具合を維持するため、チェーン調整を行う必要が出てきます。一般的にはリアアクスル (車軸) を前後させ、一定の適切な張り具合を生み出すメカニズムが、この "チェーンアジャスター" です。

レイ・ヘンズリーが設計した1960年代を代表するダート用フレーム "ソニックウェルド" は、リアサスペンションを排したリジッドスタイル。別体式厚肉アルミプレートのアクスルホルダー兼チェーンアジャスターは後端が開放しているため、車軸を引き抜くことなくクイックなホイール脱着が可能。当時の面影を残すブレーキレス車両。

C&JやJ&Mに代表される現代的なフレーマーは (20年くらいこんな感じですけど)、 角パイプ製のスイングアーム内部に入れ込まれたアルミブロックのチェーンアジャスターに左右のホイールサイドカラーが圧入されており、一気に車軸を引き抜いても細かい部品が転げ落ちない配慮が。これも迅速なホイールセットアップ変更のため。

モダンモトクロッサーの純正アジャスターは車軸前にある鉄製ネジを回す複雑系デザインが主流だが、洗車時などにアルミスイングアーム内部に入り込んだ泥や水の影響でサビて固着し回りにくくなること多すぎ。家内制手工業的・単純な作りのこちらの "後押しタイプ" は本場のダートトラックレースシーンでの使用率かなり高し。

やたらと引きシロ多めのチェーン調整レンジは戦うダートトラッカーの証

エンジン側ドライブスプロケットと後輪側ドリブンスプロケットの組み合わせでモーターサイクルのギヤ比は変わるわけですが、例えば前12T x 後48Tの組み合わせと、前14T x 後56Tの組み合わせとでは、数値上同じギヤ比であってもドリブンスプロケット直径が変わるため、スロットル開け初めのフィーリングがまるっきり変わる・・・のだそうです(本場の現役プロメカニック談)。

またドリブンスプロケットを1T違いにチェンジするほどではなく、ほんの少しだけ微妙にショートやロングにセットアップしたい場合、前後のスプロケットをガラっと変更して合わせる状況もあるためでしょう、ダートトラック用スイングアームのチェーンアジャスターは、標準的な他のいかなるカテゴリーのマシンより、調整幅がだいぶ多めなのが特徴です。

上の写真のアルミ製アクスルブロックなどは強度を増すためと、後端のアジャストボルトの無駄な飛び出し量を減らすため、車軸を通す穴が二つ並んで開けられていることが分かります。こういった本場のレースシーンが生んだ膨大な経験がもたらす優れたディテールの集積こそが、戦うダートトラックマシンの雰囲気を作り出す、絶妙なスパイスとなっているように感じるのは筆者だけでしょうか?いやそんなことないですよね。

車勢とバランスを最優先する繊細だか荒っぽいんだか謎な工夫、多数あり

このように "チェーンアジャスト" の基本的な考え方は、後輪を前後させ適切な張り具合を維持するのが一般的ですが、運動性を優先すればエンジンから後輪までの距離、つまりホイールベースを可能なかぎり変えたくない場面もあります。コマ数違いのチェーンを3本くらい持つとほぼほぼ解決できますが、もっともっと突き詰めていくと・・・ダートトラッカーは常識の世界を飛び出します。

というわけで、ようやく紹介する本日冒頭のチェーンの写真、右側のコマはあまり見かけない特殊な形状なのにお気づきでしょうか。

通常なら外 - 外と内 - 内の2コマで1ユニットとなり118リンクとか130リンクと表記されるドライブチェーンですが、この "ハーフリンク" とか "オフセットリンク" と呼ばれるコマ、異形の外 - 内形状のため、通常では作れない119Lとか129Lという奇数リンクで使用することができます。

ホイールベースを1mmでもイジリたくない神経質な?勝ちにこだわる?プロ向きのアイテムですが。ちなみに耐久性は著しく劣るためホボ使い捨て推奨とのこと。各種の工業用チェーンとしては一般的みたいですが、モーターサイクルの世界ではなかなかない発想かもしれません。

こちらの写真は2008年ごろのスズキファクトリー用450ccフレーマー。当時14番→現在5番のジェイク・ジョンソン車。チェーンメイカーが絶対にヤメて欲しい、耐久性のない二連クリップジョイントで使用しています (VORTEXのVOの上らへん黒い2コマ) 。

わずか十数周で勝負の決まるスプリントレース、専属メカニックがついてこその仕様とも言えますが、それだけチェーン長さ (ホイールベース) と張り具合がシビアにパフォーマンスに影響することの現れ、とも言えるでしょう。

あ、そうそう、黒光りするハードパックのグルーブトラックと、ザックザクのクッショントラックとでは、たとえ1周の距離やギヤ比が一緒でもクッションの方がやや緩めに張るそうです。コネタ。

くれぐれもクリップジョイントの方向はお間違いのないように。千切れるとクランクケース割れますよ。

ではまた金曜の "Flat Track Friday!!" でお目にかかりましょう!