そんな松ちゃんに懐いている若いバイク乗りヒトシが受けたとばっちりとは??
Mr.Bike BGで大好評連載中の東本昌平先生作『雨はこれから』第24話「走れ!ヒトシ!」より
©東本昌平先生・モーターマガジン社 / デジタル編集 by 楠雅彦@ロレンス編集部
バイクを盗まれバスで松ちゃんのドヤに向かう若者ヒトシ
オレ、ヒトシ。
父親ほどに年の離れた松ちゃんの家にバスで向かってる。別に友達が少ないってわけじゃあないぜ?あそこにいけば美味いコーヒーもタダで飲めるし、リナちゃんという可愛い子にも会えるしさ。
それに松ちゃんは確かにおじさんだけどよ、年甲斐がないっていうのかな、ガキみたいなところがあって、案外気が合うのさ。
それにしてもちゃんと鍵かけておいたバイクを盗まれたのは参ったよ。だって大学のすぐそばに停めてたんだぜ?警察にも届けたけど、みつかるといいな・・・くっそ。
まあ、ともあれオレはいま、松ちゃんちに向かってるわけよ。
バスを降りたオレを、赤いヨンフォアがモォォって感じで抜いていった。知り合いなら乗っけてもらうんだけどな。後ろ姿はなかなか良さげな女の背中だった。女のバイク乗りを見ると、なんとなくにやけちまうのは、オレだけなんだろうかな。
松ちゃんのドヤで待っていた赤いバイクの美女
学校から向かうときには割と近い気がしてたんだけど、バイクとはやっぱ違うね。思ってたよりぜんぜん遠くて、着いたときにはもう日も暮れかけてたよ。
すると建物の前に停めてある一台の赤いバイクにオレは気がついた。(あれ、さっきのヨンフォアじゃないの)とオレは思った。
中に入ると、案の定、さっきヨンフォアでオレを抜いていったライダーの女性がカウンターに向かって座っていた。松ちゃんの知り合いで、クミコさんという名前だという。バイクの免許を最近とって、松ちゃんに見せに寄ったらしいが、肝心の松ちゃんはあいにく留守なのだそうだ。
「どーも。さっき歩いてた?」と彼女は微笑みながら言った。
ははっ、とオレは愛想笑いをした。「そうなんですよォ!歩いてきましたァー!」
どうして歩いてきたの?という問いを待たずにオレは「バイク盗まれちゃったんですよォ!!」と言った。
「いつ?」「どこで?」クミコさんと、カウンターでなぜか少し不機嫌な表情で立っていたリナちゃんがほぼ同時に訊いた。
「学校でヨ!気がついたらねェでやんの!」とオレは愚痴った。
ヒトシの受難・・・誰もかれもが不機嫌な夜・・・
しばらくしても松ちゃんは帰ってこない。
クミコさんは暗くなる前に帰るといって店を出た。オレとリナちゃんは外へ出て彼女を見送った。
「じゃあ松ちゃんにヨロシク!」と左手を挙げてクミコさんは走り去っていった。
手を振り背中を見送りながらオレは思わず「美人だよなー」とつぶやいた。すると、リナちゃんがオレの脚を蹴った。なになに?オレ、なんか怒らせるようなことしたか?
わけわからず彼女のあとを追って中に入った。
すると、ほどなくして松ちゃんが帰ってきた。
「今までクミコさんていう人待ってたのにィ」と声をかけると、松ちゃんは途端に不機嫌そうな顔をする。
まあ、いつもにこやかな方じゃないが、結構この人わかりやすくて、怒るとちゃんと分かる。
リナちゃんにしても松ちゃんにしても何を怒ってるのかわからないが、あえて空気を読まないのがオレの特技だ。
松ちゃーんバイク貸してェ!とオレは努めて笑顔で言った。「バイク盗られちゃったよォ!」
すると松ちゃんは、愛する娘の恋人と初めて会う父親みたいな冷たい表情を浮かべてオレを見る。
「ふざけんな」と松ちゃんは担いでいたリュックをカウンターに投げ下ろしながら言った。
なんで、なんでみんな不機嫌になってるんだよ、オレが何したっていうんだ???
オレはただバイクを盗まれた不幸な学生なんだよー。慰めてもらってなんぼなのに、なんでみんなに八つ当たりされないといけないの???
ねえ、なんでみんな怒ってるの???