Kawasakiのバイクを語る上で、欠かせない存在である空冷Z。そんなZの開発物語を、当時の開発担当者の話を交えて迫っていきたいと思います。続いては、エンジン開発陣の苦闘のお話。
【井上隆至さん】Z1/Z2の動弁系、クランク等の開発、Z400のエンジン設計を担当。

そして'73年1月、Z1の弟分Z2が国内市場に投入される

(オートバイ Classics©モーターマガジン社)

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900から750にスケールダウンする方法を巡ってはいろいろあった。

井上「最初はいろいろあったんですよ。ボアだけでいいじゃないか、と。ですが、ボアだけじゃいい出力特性が得られないという事でボア×ストロークを変えました。いい決心だったと思います。確かN600の数値に戻したんだと思います」

基本設計自体はN600からZ2まで変わらなかったんですか?

「基本設計は一緒です。ただね、N600の時ですね。カムシャフトが長いでしょ。これを一度に加工するのはむずかしかろうと真ん中で2本に分けて…今でしたらそんな馬鹿な事はしないんですが、当然揺れが出ますよね。で、カムシャフトが焼き付くんですよ。プレーンベアリングでしたからね」

国内発売されたZ2はCB750と市場を二分する人気モデルとなった。

アメリカ5000マイルテストを2回行うなどの徹底したチェックの末、1972年6月に生産が開始され、世界中でブームを巻き起こしたZ1。

しかし、そのZ1ブームとは裏腹に最大排気量が750ccまでに限定されていた日本では全くと言っていいほど無関係。そこで、900Super4の弟分の位置付けとなるZ2が国内市場に投入される事になったのです。

そして、国内でも人気モデルとなったZ2は、現在でも根強い人気を残し、多くのバイク乗りの憧れ的存在として君臨し続けているのです。