EICMA2024で最も注目を集めた出展のひとつが、ホンダが公表した電動過給機付き新型V型3気筒エンジン搭載車です。このコンセプトモデルに限らず、近年各メーカーは過給機付きモデルを水面下で開発していることが、特許情報などから明らかになっています。しかしなぜ今、過給機・・・なのでしょうか?

絶対速度記録やドラッグレースの世界では、過給機付きモデルの成功例が多いです

ターボやスーパーチャージャーなどの過給機の概念は、内燃機関が自動車に使われ出した19世紀末には生まれていました。つまり、より多くの混合気を押し込むことでNA(自然吸気)よりも大出力を発生させようという考えは、2/4輪車が誕生したいにしえの時代からあったわけです。

過給機を使った2輪車の最初の成功例といえるのが、1930年のBMWでした。BMWは750ccフラットツインに、スーパーチャージャーを組み合わせた絶対地上速度挑戦車を製作。エルネスト ヘンネにゆだねられた同車は、137.58mph≒221km/hという当時の世界記録を樹立しました。

1934年よりBMWは過給機技術をロードレース用マシンにも採用し、1939年にはマン島TTセニアクラスで1-2フィニッシュを達成。TT最高峰クラスを制した初のドイツ車、という栄誉を手にいれることに成功しました。

1939年マン島TTセニアクラスで優勝したゲオルグ マイヤー。2位にも英国人ライダーのジョック ウェストが入賞し、BMW製過給機付きフラットツインの強さが印象に残る大会となりました。RS500、またはタイプ255と呼ばれるこのマシンは、492ccのDOHCフラットツインにゾラー式過給機を組み合わせ、60馬力の出力により220km/hの最高速をマークしました。

©︎BMW AG

戦後の1946年、FIM(国際モーターサイクリズム連盟)は過給機使用を禁止したため、ロードレースの分野で過給機付きマシンが活躍する機会はなくなりました。しかし、エンジンパワーがものをいう絶対速度記録やドラッグレースの分野では、今日に至るまで多くの人々に過給機が好んで使われています。

2輪の分野では、過給機付き量産車の成功作は少ないですが・・・

1980年代、日本の4メーカーはこぞってターボ付きの量産車を市場に投入し、大きな話題となりました。しかし、いずれのモデルもロングセラーになることはなく、2輪市場にターボモデルが定着することにはなりませんでした。

ターボには「ターボラグ」と呼ばれる、ブーストを生み出すまでに時間がかかるという欠点があります。またブーストは排気によって回るインペラの回転数にほぼ比例して発生するため、コーナリングの途中にライダーの意図しないところで急激に出力が上がったりする、「ターボサプライズ」のような欠点もあったりします。

2輪車ではスポーツ走行の場合、ライダーの操作に対するスロットル反応の「忠実さ」は実に重要です。また軽量シンプル、そして魅力的な価格であることが大事な2輪量産車において、多くの補機類を必要とするターボは重量増、複雑化、高価格化の要因にもなります。そんなことから、ターボは量産車に普及することはありませんでした。

1981年に登場したホンダCX500ターボ。4バルブOHVのVツインに、ターボを組み合わせたモデルでした。

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2015年に登場したカワサキH2は、数少ない過給機付き量産車の成功例といえるでしょう。PWC(パーソナル ウォーター クラフト、カワサキの商品名はジェットスキー)の分野で、遠心式スーパーチャージャーの技術的蓄積を持っていたカワサキはH2にそれを活かしました。公道向けのH2で200ps以上、トラック専用モデルのH2Rで310ps以上という高出力を発揮し、その強心臓ぶりが多くの人に支持されています。

なぜホンダは、3気筒を選んだのでしょうか?

毎日、各種SNSを熱心にチェックしているタイプの方は、HRC(ホンダ レーシング)のアカウントから1980年代の3気筒GPマシン、NS500に関する投稿が最近多かったことに気付かれていると思います。メディア業界の末席にいる私の耳にも、ホンダが3気筒の新型車をEICMA2024に登場させるかも? というウワサ話は伝わってきていました。

なぜ、ホンダが電動過給機に組み合わせるエンジンに4気筒ではなく3気筒を選んだのか? は、申し訳ありませんが現時点では理由はわかりません。ただ4気筒にするよりも、3気筒にした方がエミッション的に有利なことがあるので、3気筒にしたのではないかと想像できます。

近年、2輪車に対する環境規制は非常に厳しいものになっており、UHC(未燃焼炭化水素)排出を削減することはエンジニアリング面の大きな課題としてクロースアップされています。内燃機関の構造的宿命として、燃焼しなかった混合気の一部はピストンリングの隙間に蓄積され、排気行程で大気中に放たれてしまいます。ゆえに、ピストンリング隙間の体積を減らすことは、UHC排出削減に結びつきます。

非常に興味深いのは、ホンダの電動過給機付き新型V型3気筒エンジンの写真から判断する限りでは、試作の削り出しエンジンではなく、量産化への移行が容易な鋳造エンジンに見えることです。気になる排気量は、850cc前後くらいでしょうか?

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ピストンリング隙間の体積を減らすのに有効なのは、ピストンリングがシールする長さを削減することです。ホンダの過給機付きV3のボア・ストローク値は公表されていませんが、おそらくこのことを意識してピストンリングがシールする長さは、4気筒の1,000ccモデルよりも短く設計されていると思われます。それが3気筒を選んだ理由かどうかは、やがて明らかになると思いますが・・・?

ホンダが過去に製作したV3エンジンには、量産車のMVX250F(1983年)とNS400R(1985年)、そしてグランプリ用NS500とその市販レーサー版であるRS500(ともに1983年)があります。いずれも2ストロークで、量産車版はバンク角90°で前2気筒と後ろ1気筒の構成。レーサー版はバンク角112°で前1気筒と後ろ2気筒という構成でした。なお点火は、レーサー版は8°/120°クランクで120度等間隔、量産車版は0°クランクで0-90-270度の不等間隔になっていました。

ホンダMVX250Fの2ストローク3気筒エンジン。後ろ1気筒の慣性マス重量をコンロッドなどの往復運動部品で調整し前2気筒とバランスさせることで、理論上1次振動ゼロとして振動を低減させていました。

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新たに登場した電動過給機付きV3は4ストロークで、前2気筒と後ろ1気筒という構成になっています。バンク角は90°より狭角ですが、クランクの仕様は残念ながら不明です。

電動過給機付きV3エンジンは、ダイヤモンドタイプのトレリスフレームに搭載されています。エキゾーストパイプの複雑な取りまわしが、スタイリングのアクセントにもなっています。

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過給機でブーストを5psiかけた場合、大雑把な計算ではありますがNA比で出力は約1/3アップします。もしウワサどおり電動過給機付きV3の排気量が850ccであれば、過給によってリッターバイク並みの出力を発揮させることは容易なことです。