カーボンニュートラル化の手段として、ICE(内燃機関)を使える"バイオ燃料"や"eフューエル"に注目が集まっています。ICE搭載の乗り物を趣味とする人にとって、これらの燃料が将来普及するのであれば、それは有難いことに他ならないのですが・・・本当にそのような未来は来るのでしょうか?

※その1:バイオ燃料編は、下記のリンクからご参照ください。

eフューエルを作るにはH2とCO2・・・水素と二酸化炭素が必要!!

昨年末の記事・・・「ICE(内燃機関)が"カーボンニュートラル"時代に生き残るためには、"水素社会"の到来が必須?」のなかでご紹介したとおり、大手航空機メーカーのエアバスは、2035年に民間市場に水素燃料航空機を投入することを目標に、水素技術開発に励んでいます。

そんなエアバスが考えている水素の利用方法は、ひとつはターボプロップやターボファンという航空機用エンジンの燃料として水素燃料を利用。もうひとつは、H2=水素とCO2=二酸化酸素を使って"eフューエル"という燃料を作り、これを航空機エンジンに使う・・・という方法です。

製造する際に回収したCO2を使うので、燃焼させてもCO2実質ゼロ・・・という考え方は、CO2を吸収する植物由来のバイオ燃料に通じるものがあります。eフューエルはいわゆる合成燃料の一種ですが、"e"とはエレクトロ・・・電気を意味します。なんで電気? と思う人も多いと思いますが、これは材料となるH2を水の電気分解で作ることがeフューエルの前提となっているためです。

周知のとおり、電気を発生させるための方法としては、火力、原子力、水力、太陽光、風力、潮力、地熱などさまざまな発電方法がありますが、日本の経産省の定義としてはeフューエルとは「再生可能エネルギー」の電力を使って製造した場合に与えられる名称となっています。

2次エネルギーである"電気"と"水素"を使う・・・という効率の悪さ

ICEなどで燃焼させて使う・・・という用法はバイオ燃料と一緒ですが、eフューエル含む合成燃料は第一世代バイオ燃料にまつわる、「食料競合」や「土地利用変化」の問題とは無縁なのが大きなメリットです。

バイオ燃料同様、既存のガソリン/ディーゼル燃料用のインフラを流用できるのも、eフューエルの大きな魅力ですが、すでに技術が確立され製品化されているバイオ燃料に比べると、eフューエルの普及には様々な技術的課題があるのが実情と言えるでしょう。

自然界にそのままの状態では存在しないH2を、H2と同じ2次エネルギーである電気を使って作ることが前提のeフューエルは、ある意味"エネルギーを無駄にして作られる燃料"という側面があります。そしてH2と組み合わせる材料であるCO2の調達については、どのようにして効率よく回収するか・・・という技術的な課題があります。

2016年から稼働をはじめた、北海道苫小牧市のCCS実証実験施設。CCS(Carbon dioxide Capture and Storage=二酸化炭素回収・貯留)とは、プラントなどから排出されたCO2を他の気体から分離させ、地中深くに貯留させる技術です。そして貯めたCO2を有効活用しよう! という技術は、CCSの間に「U」を加えCCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage=二酸化炭素回収・利用・貯留)と呼ばれています。eフューエル含む合成燃料には、このCCUSが必須となります。

www.enecho.meti.go.jp

工場などから排出されたCO2を回収する技術・・・だけでなく、空気中のCO2を回収するDAC(ダイレクトエアキャプチャー)という技術も盛んに研究されています。しかし、空気中のCO2濃度は0.04%と低く、CO2回収のためにエネルギーを大量に使ったり、その過程でCO2を大量に排出してしまうのは本末転倒ですから、話はそう簡単なことではありません・・・。

バイオ燃料とともに、化石燃料の代替として期待されているeフューエルを含む合成燃料ですが、その普及のためにはまだまだ乗り越えないといけないハードルがたくさんあるのが現実です。

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eフューエルやバイオ燃料を、2&4のICEVに使うのは"良いこと"ではない!?

ICEを搭載する乗り物の愛好家たちにとって、バイオ燃料やeフューエルの普及した未来は"望ましい未来像"ですが、1990年に創設されたNGOであるT&E(欧州運輸環境連盟)は、eフューエルを乗用車やトラックに使おうとする試みはEVの普及を遅らせ、無駄に貴重なエネルギーを費やすことにつながる・・・と異議を唱えています。

T&Eが英国の「リカルド・エナジー & エンバイロメント」に依頼した調査の報告書によると、自動車、バン、小型トラックの総量のうち10%をeディーゼル燃料で運用した場合、2050年にはそれら乗り物すべてをバッテリーEV化した場合よりも、41%も多い自然エネルギーを費やすことになる・・・とのことです。

ヘルト・デ・コック(T&E電力・エネルギー担当マネージャー)
「EUは経済全体の脱炭素化を達成するための、再生可能エネルギーの潜在能力を有しているが、その課題の規模を過小評価すべきではない。私たちが今日行う選択は、将来の電力需要に大きな影響を与える可能性があります。例えば、一部の自動車をeフューエルで走らせるだけで、デンマーク全土をカバーする洋上風力タービンが必要になります。そんなことは意味がありません」

またT&Eは、電化が難しい大型の飛行機や船舶に関しては水素やアンモニア、そしてeフューエルなどの代替燃料を使い、自動車などの陸上輸送は最も効率に優れるバッテリーEVにすべきと主張しています。

なおT&Eが2021年4月にまとめた「Eフールズ(愚か):なぜ自動車にeフューエルを使用することは、経済的にも環境的にも意味がないのか?」というレポート中には、eフューエルを使うICEVに乗るよりもバッテリーEVに乗った方が自動車ユーザーの"お財布"にも優しい・・・と記されています。

2030年の、ICEVとバッテリーEVのTCO=総所有コスト比較。Eフューエルが楽観シナリオで最も低価格で普及した場合を想定しても、バッテリーEVを所有した方がオーナーの負担が、新車、中古車ともに少ないという予想です。なお2021年の時点で欧州の10カ国以上では、バッテリーEVのTCOは同等クラスのICEVよりも低くなっています。

www.transportenvironment.org

T&Eは、2020年から2030年までの10年間でバッテリーコストは60%減少し、製造技術の工場(特にEVへの統合・規模拡大)により2020年代半ばには補助金抜きにバッテリーEVのTCOはICEVと同等になると予想しています。T&Eのレポートは23ページにも及ぶので、そのすべてを引用するのは控えますが、とどのつまり自動車にeフューエルを使うのは、ユーザー、メーカー、経済全体、そして肝心のカーボンニュートラル達成・・・すべての面でマイナスであると断じる趣旨のものです。

IFP(フランス石油協会)の後継組織である研究機関、IFP エナジー・ヌーヴェルズは、eフューエルの一種であるeガソリン(ペトロール)で走行するICEVは、欧州標準のE10(エタノール10%含有)燃料使用時と比較して同レベルのNOx(窒素化合物)、そしてより多くの一酸化炭素とアンモニアを放出するというテスト結果を公表しています。HC=炭化水素を燃焼させる以上、自然や人間に有害な廃棄物が発生してしまう・・・という宿命からは、eフューエルであろうとも逃れられないのです・・・。

www.transportenvironment.org

T&Eのレポートは、我々ICEV愛好家的には「不都合な真実」的で読んでいてザンネンな気持ちになりますが(苦笑)、バイオ燃料やeフューエルなどの実質CO2ゼロという"抜け道的"な考え方は、EVが当たり前の存在になっているであろう2030年代には、大型航空機や船舶以外の分野では世界的に許されなくなっているのかもしれません・・・。

将来・・・2050年頃? 航空機用や船舶用がメインマーケットとなり製品化されたeフューエルやバイオ燃料を、個人が所有する趣味目的のICEVに使うことが禁止されていなければ・・・ICEV愛好家としてはラッキー!! というところでしょうか? どのような未来が私たちを待っているのかは誰にもわかりませんが、バイオ燃料や合成燃料の技術動向に今後も注視し続けたいです。