998ccのICE(内燃機関)4気筒に、過給器(スーパーチャージャー)を組み合わせたカワサキのH2シリーズは、そのパワフルさが人気のモデルです。先日、カワサキモータースの事業方針説明会では、今後バッテリーEVとハイブリッド方式の2輪モデルを市場に投入することと、水素エンジンの研究を行なっていることなどを公表しました。従来のICEの技術が活かせる水素エンジン搭載モデルをカワサキが研究してくれることは、多くのエンジン好きにとっては嬉しい話題です。しかしその製品化には、越えなければいけないハードルがたくさんあるでしょう・・・!?

2020年特許公開の、過給器付きデュアルインジェクションエンジン

現行機種の「H2」の名前は、1971年発売の空冷2ストローク3気筒750ccを搭載する750SS(H2)にちなむもの・・・です。しかし事業方針説明会会場に展示された、過給器付きデュアルインジェクションエンジンを見ると、現在のH2の名前は、将来H2=水素を燃料とすることを見越して与えられたものなのではないか・・・と想像してしまいます(※正しくは、妄想です?)。

純正アクセサリーをフル装備した、カワサキNinja H2 SX SE+の姿。メーカー希望小売価格は、2,827,000円(税込、写真のアクセサリー類含まず)です。

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この展示過給機付きデュアルインジェクションエンジン、現状では水素エンジンではありません。2000年春には、このエンジンに関する特許情報は公開されていたため、知る人ぞ知る存在だったのですが、ゆくゆくはこの技術をベースに水素エンジンに仕上げていくことになるのでしょう。

H2系エンジン同様、シリンダー背面に過給器を搭載する展示エンジン。

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市販されているH2系エンジンとの大きな違いは、吸気ポート内のインジェクターに加え、燃焼室に直接燃料を噴射するインジェクターが追加されていることです。ポートインジェクターは電磁ポンプ(44psi=3bar)により燃料を供給されますが、直噴インジェクターへの燃料供給は、排気カムシャフト駆動の機械式高圧ポンプ(1,450psi=100 bar)が担っています。

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ガソリンの直噴エンジンは、第二次世界大戦のドイツ軍用機メッサーシュミットにも採用され、1950年代には4輪のメルセデス300SLにも採用されたことが有名です。直噴のメリットは、未燃ガスが排気から放出されるのを防ぐとともに、燃焼室冷却効果によりノッキングを抑制できることです。つまり希薄な混合気を使うことが可能になるので、経済性や環境性能を上げることも可能になります。

一方で直噴は吸気ポート内に噴射する方式に比べると、空気と燃料の混合時間が短いので、低回転型エンジンはさておき高回転型エンジンでは採用が難しい面もあります。現在の4輪F1用直噴エンジンは、高回転型2輪用エンジン並みの回転数で常用できるので技術的には直噴インジェクターのみでも大丈夫なのでしょうが、このカワサキの試作エンジンは市販量産車としての可能性を探るため、既存のインジェクション車でおなじみの、吸気ポート内インジェクターを組み合わせることで、それぞれの方式の長所をフル活用しているのでしょう(4輪用にも、同様の機構を採用したエンジンがあります)。

水素エンジンは、直噴+過給器がベスト!?

カワサキモータース事業方針説明会で紹介された、水素エンジンの図。展示エンジンのデュアルインジェクターと異なり、直噴インジェクターから水素ガスを燃焼室へ送り込んでいることがわかります。

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公開された水素エンジンイメージ図が示すとおり、水素エンジンは直噴+過給器がベストでしょう。もちろん通常のガソリンエンジンのようにポート噴射して運転させることも可能ではありますが、水素はICEを運転可能な空気混合比範囲がガソリンより非常に広く、水素量の調節のみで出力を変えることができます。

また水素の混合気はガソリンのそれに比べはるかに着火性がよく、なおかつ点火エネルギーが小さいこともあり、ポート噴射ではプレイグニッションやバックファイアが起こったりします。そのため工業製品としての性能面や安全性のことを考えると、直噴の採用が必須と言えるでしょう。

過給器が必要になるのは、水素は圧倒的にガソリンより体積あたりのエネルギーが小さいという欠点を補うためです。自然吸気のICEで、ガソリンの代わりに水素を使用すると、得られるパワーはかな〜り小さいものになってしまいます。また水素の理論空燃比あたりではガソリンより大量の空気が必要になるので、過給器の装着は理にかなっていると言えるでしょう。

水素エンジン車「カローラH2コンセプト」でレース参戦活動を展開するトヨタ。同車の水素エンジンは、直噴+過給器を採用しています。

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事業方針説明会で紹介された、水素エンジン採用車のイラスト。片持ちスイングアームなので、現行H2系の後継車的なイメージなのでしょう。

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水素燃料の搭載方法と安全確保、また水素エンジンは燃焼室の温度が上がると異常燃焼を起こしやすくなるなど、製品化のためにはいろいろ克服しなければいけない技術的課題があります。しかし、H2系やジェットスキー(PWC)で過給器付きICEの開発をした経験を持つカワサキが、見事それら課題を克服できれば、2輪車だけでなくジェットスキー(PWC)でも水素エンジン搭載が可能になるので、メリットは大きいでしょう。

実は"エコ"ではない・・・今現在の水素燃料事情!?

水素エンジンは技術的には十分実現性がありますが、クリーンな「水素社会」を実現するにはメチャクチャ多くの、解決が難しい問題を、なんとか乗り越えていかなければいけないのが、現時点での現実といえるでしょう。

まず最大の問題は、水素(H2)は水素単体で自然界に存在しないことです。そのため燃料用水素を確保するためにはHを含む何か(HC=ハイドロカーボンやH2O=水など)からHを取り出す、という作業が必要になります。

「水なんて日本にはたくさんあるから、それを電気分解して水素取り出せばいいのでは?」とついついカンタンに思ってしまいますが、水素を作るための「何か」がそもそも必要で、電気と同じ2次エネルギーである水素を作るために電気など「何か」のエネルギーを要することは、水素はそもそもエコなのか・・・という問題として無視できないでしょう。

また現状日本では、コスト的問題から水素の確保は輸入に頼っています。「石油や天然ガスはともかく、水は日本にもたくさんあるのに、どうしてコストをかけて遠い異国から水素を輸入するのか?」と不思議に思う方もいるかもしれませんが、水の電気分解の場合、世界的にも非常に高い日本の電気代は水素製造コストとして割りが合わないのです。

千代田化工建設の「有機ケミカルハイドライド(OCH)法」の解説図。ブルネイのLNGプラントから取り出した水素を溶剤のトルエンと化学反応させ、液体であるメチルシクロヘキサン(MCH)を作ってタンカーで日本に輸送。そして日本で水素を取り出し、トルエンはブルネイにタンカーで送り返されることになります。常温・常圧で水素の大量輸送できるのが特徴ですが、取り出す水素の純度は冷却液化よりも落ちることになります。

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水素の製造法としての、化石燃料(天然ガス、石油、石炭など)のガス化・改質は、言うまでもなく化石燃料の存在頼りです。これら資源が有り余っている国であれば、ガソリンなどの製品を作るときに副次的に生まれたHCなどの有効活用として、水素製造もアリなのでしょう・・・。

そして水の電気分解ですが、そもそも大量の電力を使うのであれば、2次エネルギーの電気をそのままEVなどに使った方が効率が良いです。風力や太陽光発電という再生可能エネルギーが欧州の実情のように順調にシェアを伸ばした場合なら、余剰電力を使ってエネルギーを「備蓄」するために水素を活用することが可能になりますが・・・。

真の、クリーンな「水素社会」の実現には、化石燃料頼りの水素生産を伸ばすより、風力や太陽光発電など再生可能エネルギーを利用した電気分解による水素生産をビジネスの中心にすることが最低条件になるでしょう。またインフラとしては、ビジネスとして成立する、一般ユーザー用の水素ステーションの整備が大事ですが、それも課題が山積みです。

ダイムラー・トラック社とBP社は、今年10月27日に、英国の貨物輸送における脱炭素化を支援するため、水素インフラの導入を開始すると公表しました。ダイムラー・トラックは2025年から水素を燃料とするFCV・・・燃料電池トラックの導入を試験的に行い、BPは、2030年までに英国内で最大25カ所の水素ステーションの設計、建設、運営、供給の実現可能性を評価・・・すること予定とのことです。なおBPの水素ステーションで使われる水素燃料は、再生可能エネルギーを用いて水から生成したものです。

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上述の「有機ケミカルハイドライド(OCH)法」で、現在のガソリンステーションのようなものを作るとしたら・・・。常温・常圧でMCHは扱えますので、既存の輸送網やガソリンスタンド設備を転用することは可能でしょう。しかしMCHを水素とトルエンに分けるとき、それをMCH水素スタンド(仮)で行うとしたら消防法で危険物製造に区分されます。つまり、現在のガソリンスタンドのように、住宅地の近隣にMCH水素スタンド(仮)を建設するのは難しいでしょう(法改正がない限り)。

さらに・・・ICEで水素燃料を使うには、当たり前のことですが他の燃料と同様に混合気を作る必要があり、混合気をICEで燃焼させると空気中の窒素の存在によって、環境汚染原因のひとつであるNOx=窒素酸化物が大量に発生してしまいます・・・。つまり水素エンジンはそもそも、作動原理的にクリーンにすることが難しいのです。

すでにビジネスとして発展しつつある各種EVに比較すると、水素燃料を使うビジネスはまだまだ発展途上であり、その道程は困難の連続のように思えます。いつの日にか、ICEの利点や楽しさを次世代に継承していくため、水素社会実現に取り組む関連企業や研究者の方々には頑張っていただきたいですね!