1994年から1997年に少数が生産されたピアッジオZip & Zip(ジップ & ジップ)は、世界初の2輪ハイブリッドスクーターと紹介されることが多いモデルです。日本にはサンプルが1台輸入されただけで、その実像がよく知られていない謎のモデル? について、紹介したいと思います。

イタリアの交通事情が生み出した"ビモダーレ"という方式

イタリアをレンタカーで旅したことがある方は、ZTL(Zona Traffico Limitato)という交通制限地区に入れなくて困った経験をしたことがある人も多いのではないでしょうか? ローマやフィレンツェの旧市街などのZTLは有名ですが、ZTLにはさまざまな規制内容があり、環境保護の観点からICE(内燃機関)車の乗り入れを禁止する例もあります。

イタリアを代表する2輪製造業者のひとつ、ピアッジオは1994〜1997年の間、Zip & Zipというスクーターを製造しています。世界初の2輪ハイブリッドとして紹介されることが多いZip & Zipは、ユニットスイング型式の2ストローク50ccエンジンと、電気モーターという2つの動力源を搭載したスクーターでした。

Zip & Zipのベースとなったのは、ピアッジオ・スフェラの廉価版であるZipの第一世代型で、イタリア本国だけでなく、スペインやインドでもライセンス生産された大ヒット作です。1つの動力源(2ストローク50cc単気筒)を持つZipに、もうひとつの動力源=電気モーターを加えた構成をあらわす名前として、Zip & Zipとネーミングされています。

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Zip & Zipの心臓部。ICEの上に電気モーターを配置。電動の駆動力はトゥースド・ベルトを介して行われます。

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Zip & ZipにはBIMODALE(ビモダーレ。英語のバイモーダル)というサブネームがついていましたが、ICEと電動モーターの2つを使えるというZip & Zipの特性を示しています。走行モードの切り替えはスイッチで行い、ICEと電動モーター、どちらの動力を使うかが選択できました。なお電動モードでは最高速30km/hで、75分間の走行が可能とピアッジオは説明していました。

Zip & Zipのメーター。文字盤中央・・・速度計と燃料・オイル・ヘッドライト・方向指示器のインジケーターの間に、バッテリーの充電レベルを示すインジケーターが配置されています。

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電動モード走行時のZip & Zipは、排出ガスと排気音がゼロでした。ゼロエミッション車の扱いとなるため、ICE車乗り入れ禁止のZTL内で走らせることも可能だったのです。

ハイブリッドの定義に従えば、確かにZip & Zipはハイブリッド?

Zip & Zipの特徴としては、近年一般的なハイブリッド車のシステムのように、ICEの動力によってバッテリーを充電することは・・・していない!! ことがあげられます。つまり、近代スクーターでおなじみのシート下収納スペースを占拠するバッテリーの電力はコンスタントロス・・・使い切り方式だったのです!

Zip & Zipのスタイリングは、ICE版Zipの上級モデル、Zip SSL1T ファストライダーに準じてますが、ヘッドライトのデザインが異なっています。

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そしてZip & Zipの走行用バッテリーは、フル充電まで8時間もの時間を要しました・・・。電動モードでは車速が遅く、ICEからの充電もできないので電動モードでの航続距離が短く、しかも充電時間もかかって煩わしい・・・。さらに重たいバッテリーとモーターを積んでいたため、ICE50ccのZipが70kg台の車重だったのに対し、Zip & Zipは107kgとかなり鈍重なスクーターでもありました。

ピアッジオの意欲作であるZip & Zipですが、市場はスタンダードのICE版Zipよりも高価で、それでいて特に便利でもないスクーターと評価したため商業的には失敗に終わり、"ビモダーレ"のコンセプトが受け継がれることはありませんでした。

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ハイブリッドカーという言葉を辞書で引くと、「複数の動力源を用いて走行する自動車。排気ガス規制地域を電気で,規制緩和地域をガソリン-エンジンで走る自動車など」と出てきます。これを定義とすれば、確かにZip & Zipは初のハイブリッドスクーターということになります。

しかし、2003年にピアッジオ会長に就任したロベルト・コラニーノは2007年のメディアに対するプレゼンテーションで、3台の4ストロークICEとモーターを組み合わせた試作車・・・ベスパLX50、ピアッジオX8(125cc)、そしてMP3(250cc)がピアッジオ「初のハイブリッド」と表現しています。

これらの試作車群は今日市販されている多くのハイブリッド車と同じように、電気モーターとICE両方の動力を使って走らせることができ、ICEによりハイブリッドシステム用バッテリーを充電することが可能でした。

また公式には、ピアッジオの「HyS」と称されたハイブリッドスクーター用のパワーユニットの開発は、ピサ大学との共同研究として2001年にスタートした、と説明されています。つまり、ピアッジオの認識としては"ビモダーレ"なZip & Zipではなく、2009年デビューのMP3 ハイブリッドが最初のハイブリッド量産車・・・となるようです。

2007年のハイブリッド試作車公表時、ピアッジオのエンジン&パワートレイン・イノベーション部門の責任者のルカ・カルミニャーニは、ドイツの名門2輪専門誌「モトラッド」のインタビュアーの質問・・・かつてのZip & Zipは商業的に成功しなかったが、新しい試作車は何が違うのか? という問いに、以下のように答えていました。

Zip & Zip は別の技術です。電気モーターとガソリンエンジンのどちらか一方でしか走れず、両方を同時に作動させることはできません。また走行中にバッテリーが充電されなかったため、航続距離は短かった。最近は少なくともイタリアの主要都市には、当時(※Zip & Zipが生まれた1990年代)には存在しなかった電気自動車用の充電ステーションがあります。(中略)今日、環境に優しい車両に対する需要は、はるかに大きくなっています。

上のリンクの過去記事「世界の電動2輪車図鑑:13 ピアッジオ MP3 Hybrid」で解説したとおりMP3ハイブリッドはヒット作にはならず、カルミニャーニをはじめピアッジオの人々の期待どおりにはことは進みませんでした。

ともあれ他メーカーに先駆け、ピアッジオがMP3ハイブリッドを市販したこと。そしてMP3ハイブリッドの前・・・1990年代に早くも2つの動力源を持つスクーターであるZip & Zipを生み出していたという2つの事実は、ピアッジオの先進性の証左に他ならないでしょう。